「卑怯者」と「戦略」

 かつて荷宮和子2ちゃんねるを批判した際、2chでは「貧乏人」という罵り言葉がない、ねらーがみな貧乏人だからだとした。半分くらいは当たっているが、むしろ徹底的にないのは「卑怯者」という罵り言葉だろう。そりゃそうだ、みんな匿名でガチャガチャ言っているのだから。
 さて、『人でなしの経済理論』の訳者・山形浩生によるあとがきに、日本の反禁煙の言論は全般的に知性が低い、と書いてある。で、具体的にどれがどう、と言わないのがまさに「卑怯」なのだが、おそらく山形は「戦略」のことを言っているのだろう。そんな真正面からファシズムだと騒いでもダメだよ、戦略を樹てろよ、ということだ。
 しかし、この本に書いてあるようなトレードオフ理論を禁煙、嫌煙派に示して説得することは、ほぼ不可能だろう。
 「戦略」という言葉は、2000年前後に宮台真司がよく使っていたが、それは要するに宮台の本が売れる戦略でしかなく、売春防止法の見直しなどまったくなされていないから、社会を変革する戦略ではなかったわけだ。
 今ではスパイというものは意味をなさない。その国のメディアを精査すれば大体分かってしまうからで、戦略が意味を持つのは、単なる個人間の問題か、自分の出世のことでしかない。「正直者」の私とて(これは「キャラ」ではないぞ、ウィキペディア)、戦略が有効であると思われるなら用いるにやぶさかではないのだが、実際には社会を変える有効な戦略など存在しない。
 もし短期的に禁煙ファシズムを終息させる方法があるとしたら、それは軍隊を用いるほかないのである。山形浩生ともあろう者が、知性の限界に気づいていない。

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ところで今回の『翻訳家列伝101』で、つくづくロシア文学会の闇は深いと思った。だいたいロシア文学は東大、外語大、早大の三派鼎立かと思うが、東大では三人の教授が全員博士号を持っていない。沼野充義以外の二人があまりに業績がない。先代の川端香男里は鴻英良を露文科から追い出した。駒場安岡治子も碌に業績がないのに教授になっている。業績がある桑野隆は東大から逃げ出した。今の会長の井桁貞義は父が井桁貞敏で、仕事を世襲している。
 さらに、明治期の女性翻訳家について、実は夫がやったのではないかという説を出してもみなで黙殺する。亀山郁夫が新聞の取材に答えて記事になった学長になるまでの苦労話を書いただけなのに、なぜか非難される。不明朗極まりない。 

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駅前の書店にいたら、老人が入ってきてレジの女性に「英語読めますか」といきなりおぼつかない言語で訊いている。かなりの老人で、何かと思ったら、英語のメールが来て読めないので読んでほしいということらしい。男の店員が通りすがり、「ああそれは翻訳ソフトを入れればいいですよ」などと言い、ここはそういうことを頼むところではない、と婉曲に言った。
 しかし英語の読めない人にいきなり来る英語のメールってスパムメールではないのか。