原体験あり

あ、そうだ。映画『童貞放浪記』はエンドクレジットのあとまで観て下さい。


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 UBCでの博士論文執筆資格審査試験に落ちた時のことは前に書いた。その時鶴田欣也が、私の答案の非論理をいちいちあげつらったことも書いた。
 しかしその中に、三島が川端について「文体がない」と書いたことについて、鶴田先生は「これは歴史がないということだ」と言い、私は「ヘーゲル的な」と呟き、鶴田はイエスと言った。
 だが、のちのちまで、このやりとりが気になった。三島の「文体がない」という簡単な言を、いかなる学問的手続きによって「歴史」と解釈するのか。また、ヘーゲル的歴史とは何か。論理性を指摘した鶴田のその日の発言の中で、この個所だけが浮いていた。
 帰国後、私はヘーゲルを読もうとした。しかし、歯が立たなかった。歯が立たない、ということを、一般的には、難解で深淵な「思想」があるからだと考える。そして数人で講読とかをやるのである。しかし、たとえば徳川期の戯作とか、文学作品の読解なら分かるが、もしヘーゲルが学者であるなら、そんなに難解だというのはおかしいのである。たとえばプラトンはそういう風に難解ではないし、カントだって、英語で読んだらきわめて明快である。
 だがヘーゲルは違う。中で私が唯一理解でき、仰天したのが「歴史哲学序説」で、アジア的停滞だのギリシャ的理性の支配だのゲルマン的何だのって、いったい何を根拠にそういうことをヘーゲルは言うのか。そしてのちにカール・ポパーが『歴史主義の貧困』で、このような歴史法則主義を徹底批判しているのを知った。
 さてヘーゲル全体は分からないので、『ヘーゲル哲学入門』とか、金子武蔵の『ヘーゲル精神現象学』とかを読んで、だいたい私は確信したのである。ヘーゲルがインチキであるということを。歴史規則主義が成り立たないという批判に対しては、広松渉が『物象化論の構図』で反論し、資本制の中で人間は物象化するから規則性が成立すると論じ、これを読んだときはなるほどと思ったが、数年たって考えると、広松が無理やりヘーゲルを正当化しようとしたペテンとしか思えなくなった。
 ヘーゲルは、世界市民とか、弁証法とか、独自の概念を多く用い、体系性のある哲学を構築しようとする。というか、この世のすべてを体系化しようとする。だが、この世は体系化などされていないのである。ヘーゲル哲学が学問であるなら、反証可能性があるはずだが、そういうものはまずない。むしろマルクスのほうが、資本主義の最高発展段階において革命が起こるという理論が、ロシヤ革命によって反証されているのだから、まだいい。
 弁証法というのも、私には意味不明である。それは、学問の方法なのか、それとも…宗教なのか。実際にはこれも歴史法則主義的に使われているのみで、アドルノもそうである。
 アウシュヴィッツがなぜメルクマール的なのか、分からない。ではポル・ポトはどうなのか。スターリンはどうなのか。では遡って、ロシヤ人を恐怖に陥れたモンゴル人の世界制覇はどうなのか。要するにアドルノも、思いつきを言っているに過ぎず、「大きな物語」とかその手のヘーゲル亜流は、厳密な学問的考察には耐ええないものである。
 掛谷英紀氏は、未来予測性の有無によって学問の学問性を判定するが、私は人文・社会科学においては、それは当てはまらないと思う。ことがらはただランダムに存在するだけで、将来何が起こるかは予測できない。むろん、地球や宇宙があと何兆年もつか、というようなことや、ハレー彗星が次にいつ来るかとか、それは可能だが、人間の営みについては、学問として予測することはできない。学問にできるのは、せいぜい、過去において何があったかをより精密に確定しようとすることだけなのである。
 しかし、この世が無意味に存在していることに耐えられない者たちは、古代の仏教の末法思想キリスト教最後の審判に変えて、ヘーゲル的に、世界に意味を与えようとする「学問」ならぬ「思想」に縋って生きてきたのである。
 それは人間が、自身の生が有限であることに恐怖を抱いているからで、だからその生に意味を与え、世界を知の中に整理しようとするのだ。そのありさまを描いたのがハイデッガーである。
 日本では「近代的自我」などというわけの分からないものがあることにされているが、そんなものはない。フーコーが、人間という概念が消え去る、と書いたのも、ちょいとした気の利いた終わらせ方をしたに過ぎなかったのに、日本人は「おフランス」に弱いものだから本気にしている。実際には、自由・平等といった理念は、少しも衰退したり滅びたりしておらず、近代の終りなどというのは、まるで幽霊のように、え、どこにいるんですか見せて下さい、ほらそこにいるよ、俺には見える、はああなた精神科へ行った方がいいですよ、というようなものでしかない。
 だから呉智英の「差別もある明るい社会」というのは、近代が終わるならそういう社会になる、ということを示しえたものであり、長谷川三千子は近代を超える「人権思想」や「民主主義」の終焉を示唆している。ただしその時には、女の身で大学教授をすることなどできなくなるだろうけれど。
 まあしかしそういうことは『すばらしき愚民社会』にあらあら書いてある。なお私は近代主義者であるが、東浩紀は『郵便的不安たち』で「保守は近代主義ですから」とこともなげに言ったのだが、天皇制は近代主義ではない。 

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島耕作のらくろは似ている。のらくろははじめ一介の犬の兵隊の話で終わるつもりだったのが、人気が出たのでどんどん出世して大尉で除隊した。