2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

「あるいは裏切りという名の犬」と男の子っぽさ

フレンチ・ノワールの映画「あるいは裏切りという名の犬」を観たのは、「おんな城主直虎」のうちのサブタイトル「あるいは裏切りという名の鶴」の元ネタだったからで、映画の原題は「オルフェーヴル河岸36番地」なので、邦題は筒井康隆の「あるいは酒でいっ…

「コマンドー」(マーク・レスター)中央公論2018年12月

夏樹静子の初期長篇『蒸発』の冒頭で、離陸した飛行機から、乗ったはずの乗客が一人いなくなっているというトリックが出てくる。けっこう複雑なトリックだったが、「コマンドー」でアーノルド・シュワルツェネッガーは、離陸した飛行機から車輪脇の出口を使…

ご飯だご飯だ

私はYMCAのキャンプに一度だけ参加したことがある。友人の川田と二人で行ったので中学生のころだが、そこで「線路は続くよどこまでも」の替え歌「ご飯だご飯ださあ食べよう」を初めて聞いた。 この替え歌については、祖父の代からキリスト教の阪田寛夫の…

「だれかの木琴」(東陽一)中央公論2018年10月

先日、某週刊誌が、同誌読者が選んだ「美熟女」の中で五位になった女優Sについてのコメントを求めてきたのだが、その際、常磐貴子はいないんですかと訊いたら、はるか下七十位くらいにいたという。このアンケートでは上位にまだ三十代の壇蜜もいたし、おそ…

「パッセンジャー」(モルテン・ ティルドゥム)中央公論2018年9月

特撮ドラマ「シルバー仮面」の最終回が、アンドロメダ星雲からやってきて死んでしまった女の赤ん坊を帰すため、春日兄弟が光子ロケットで往復六十年かけてアンドロメダへ行くために出発するという話だった。一九七二年の放送だから、帰ってくるのは二〇三二…

「リメインズ 美しき強者(つわもの)たち」(千葉真一)中央公論2018年8月

大正四年に北海道の三毛別などで人喰い熊が現れて数人が犠牲になり、軍隊まで出動して、村民たちは避難し、熊撃ち名人が仕留めた話は、吉村昭の『羆嵐』で知られるが、この事件の実録もあり、吉村は熊撃ちを変名で書いていて、果して吉村のオリジナリティは…

「トンネル 闇に鎖された男」(キム・ソンフン)中央公論2018年7月

韓国はある種厄介な国だ。私などは文学の人間だから、他国への関心の持ち方は、だいたい文学から入るのだが、韓国には今もってこれという文学がない。ノーベル賞候補とされる詩人・高銀がいるが、他言語の詩は入りにくく、やはり小説がほしい。その一方、韓…

「クリーピー」(黒沢清)中央公論2018年6月

私は、映画はシナリオが一番大切だと思っている。もちろん世間には、シナリオより映像を重視する人もいる。だが小説でも、私は筋を重視する。筋のない小説にも優れたものはあるが、筋がないに近いものを文章だけで評価するということはあまりない。 『クリー…

「コンペティション」(オリアンスキー)中央公論2018年5月

プロコフィエフのピアノ協奏曲三番を聴くたびに、なんとプロコフィエフという人は偉大なのだろう、なぜ人々はもっとプロコフィエフを、モーツァルトやベートーヴェンのように崇めないのだろうと思ってしまう。「日本プロコフィエフ協会」というのがあったら…

「今度は愛妻家」(行定勲)中央公論2018年4月

「ネタバレ」ということがうるさく言われるようになって十年ほどであろうか。私の若いころももちろん、推理小説の犯人は読んでいない人に教えてはいけない、ということはあったが、さほど厳しい話ではなかったし、読んでいる最中の人に言うのと、まだ着手も…

「ミスト」(フランク・ダラボン)2018年3月

スティーヴン・キングという作家は、日本ではむしろ「キャリー」や「シャイニング」などのホラー映画の原作者として知られ始めたと記憶する。 私がキングの原作で読んだことがあるのは、よりによって凡作の『ファイアスターター』(映画邦題は『炎の少女チャ…

背徳学校

F・レンジェルの『背徳学校』(鷹書房なすび文庫、1969)を手に入れた。ポルノらしいがまったく解説がない。どうやらスコットランドのトロッチという作家の変名らしい。 Alexander Trocchi - Wikipedia

「トレジャーハンタークミコ」(デヴィッド・ゼルナー)中央公論2018年2月

先ごろ高齢で死去した米国の作家ウィリアム・ギャスは、ノースダコタ州ファーゴの出身である。そのファーゴを舞台にしたコーエン兄弟の「ファーゴ」という映画がある。狂言誘拐事件を描いたものだが、さして面白くはない。その中に、奪った金の入った箱を雪…

「昨日・今日・明日」(デ・シーカ)中央公論2018年1月

ヴィットリオ・デ=シーカといえば、戦後のネオレアリズモ映画、「自転車泥棒」と「靴みがき」で知られる。私は学生のころ、テレビで放送されたこれらの映画を観て感心したものだ。 一般論として、自転車を盗まれるというのは実に嫌なものだ。当面、家へ帰る…

「ルート二二五」(中村義洋)中央公論2017年12月

藤野千夜の長編小説を映画化したものだが、日常SFものという感じで、中学三年生の女子とその弟が、ある時、ほかは同じなのだが家に両親がいないパラレルワールドへ入り込んでしまうというものである。 姉のエリ子を演じるのは、当時十七歳だった多部未華子…

「ザナドゥ」(一九八○)ロバート・グリーンウォルド 中央公論2017年11月

「アイドル歌手」とは言うが、「アイドル俳優」とか「アイドル女優」とはあまり言わない。アイドル歌手は、日本特有の、一九七○年代から生まれたもので、若い女でかわいらしく、歌唱力は二の次にして男たちに人気があるというそういうものだろう。韓国にも最…

「俳優亀岡拓次」(横浜聡子)中央公論2017年10月

麻生久美子が美しいので見ていて苦しくなる、というネット上の書き込みを見たことがある。ほかにも、テレビに出た女性学者が美しいので苦しくなるという声があった。自分には手が届かないから、とも考えられるが、気持ちの持って行き場がないという意味でも…

「キック・アス」(マシュー・ヴォーン)2017年9月

アメリカンコミックの映画化である。ニューヨークに住むデイブというさえない青年が、自分もアメコミのヒーローみたいになりたいと妄想して、スーパーマンみたいな恰好をして悪童連と戦うのだがボコボコにされる。だがその後、たまたま勝利を収めて「キック…

「シン・ゴジラ」(庵野秀明)2017年8月

「シン・ゴジラ」については、やたらいろいろな人が語っている。私のように、怪獣映画は全部観てきたというような人間からすると「ニワカがあれこれ言いやがって」というのが本音なのだが、空気を読んでみなそういうことは言わずにいる。 この映画では、六十…

「修道女ルチア 辱す」(小原宏裕)中央公論2017年6月

「にっかつロマンポルノ」が始まったのは一九七一年で、私は小学三年生だから知らなかったが、日活という映画会社は「大巨獣ガッパ」で知っていたから、高校生くらいになって、五大映画会社の一つが、もっぱらポルノを作るようになったということを知ってに…

「草の上の月」(ダン・アイアランド)中央公論2017年5月

一九七八年に、NHKで初のオリジナルアニメとして「未来少年コナン」が始まると聞いた時、私は「コナン・ザ・グレート」かと思ったのだが、別にそれはそのコナンを読んでいたからではなく、創元推理文庫にコナン・シリーズが入っているのを知っていただけ…

「金陵十三釵」(張藝謀)中央公論2016年11月

巨匠チャン・イーモウの作品だが、日本未公開である。英語字幕つきのDVDが「The Flowers of War」の題で出ており、リージョンコード1だがこれで観た。 南京事件、つまり南京大虐殺を背景としたフィクションで、日本で上映されないのはそのためそのための…

里見弴原作の映画(1941)

1941年2月の井上金太郎監督「東京から来た武士」は里見弴原作らしい。見落としていた。1932年のエルンスト・ルビッチ「私の殺した男」をもとにした翻案ものである。「私の殺した男」は、第一次大戦でドイツ人の青年を殺してしまったフランス人ポールが、ホル…

「キー・ラーゴ」(ジョン・ヒューストン)中央公論2016年11月

私は若い頃はカナダへ留学していたのだが、その後神経を病んで飛行機に乗れなくなり、最後に海外へ行ったのは二十二年前である。ヨーロッパもまだ行ったことがなかったので、当初は悲観したものだが、次第に諦めがついた。その上飛行機が禁煙になったから、…

2019年度小谷野賞

2019年度小谷野賞は、 ・榊原貴教 2019年死去、ナダ書房・ナダ出版センターで、明治期の翻訳の復刻刊行に尽力した。 enpedia.rxy.jp*翻訳賞 スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』橘明美・坂田雪子訳、草思社 ジャック・ドゥルワール『いやいやながらルパ…

「姉妹」(家城巳代治)中央公論2016年10月

畔柳二美(一九一二‐六五)というのは、まあ忘れられた作家だろう。一九五五年に、自伝的な小説「姉妹」(きょうだい)を発表して毎日出版文化賞をとり、映画化された。 私が中学生の時、NHKの「少年ドラマ」になったのだが、いったいこの原作はどこにあ…

書評・寺田詩麻『明治・大正東京の歌舞伎興行』 週刊読書人2019年8月

(日本演劇学会河竹賞奨励賞受賞) 歌舞伎に限らず、演劇の研究は、演目や俳優を中心にするのが普通である。だが最近は「興行」に光が当てられつつあり、神山彰編『興行とパトロン』(森話社)や中川右介『松竹と東宝』(光文社新書)などが刊行されている。…

「アイリス」(リチャード・エアー)2016年9月

二十世紀後半以降の文学というのは、世界的に危機的状況にある。ソール・ベローやマルグリット・デュラスなど、かつては翻訳も多かった作家が、今では日本ではほぼ品切れで読まれてもいない。これは小説というジャンルの歴史的必然である。アイリス・マード…

「ユキエ」(松井久子)中央公論2016年8月

芥川賞の受賞作で未読のものをまとめて読んだ時、吉目木晴彦の『寂寥郊野』だけは、題名や、作家がその後あまり書かなくなったこともあって、読みおとしていた。それがふと古本屋でその文庫版を見つけて買ってきた。それには、「ユキエ」の題で映画化された…

「シベリアの理髪師」(ミハルコフ)中央公論2016年6月

映画の世界では、ある程度実績があって三十年くらいやっている監督は、予告編などで「巨匠」と呼ばれる。文学の世界では、五十年やっていても、おいそれと「文豪」とは呼んでくれない。 さて、その「巨匠」と言われる映画監督で、張藝謀とニキータ・ミハルコ…