2016-01-01から1ヶ月間の記事一覧

真実と悪

車谷長吉の遺稿集『蠱息山房から』(新書館)を読んでいたら、車谷はさかんに、自分はほんものの作家であるから人間の偽、悪、醜を描く。そしてモデルとなった他人から嫌がられる、だから作家は「悪人」なのであり、たいていの人はそういう本物の作家になれ…

毒蛾になるおじいさん(閲覧注意)

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20160113 これがこないだ見つけたやまと虹一の『宇宙の方舟ノア2世』の最後のほうで、宇宙毒蛾に卵を産み付けられた一心が体が毒蛾に変わっていくところ。毒蛾の指令を受けつつも懸命に抵抗するのだが人間としての理性が…

ポモのたわごと

『リオタール寓話集』(藤原書店、1996)の、本間邦雄による「訳者あとがき」には、こうある。 リオタールの言う“ポスト・モダン”は、リオタールが一貫して語っているように、・・・近代に続く時代という、時代区分の意味ではない。むしろ歴史発展や時代区分と…

けらえいこの『あたしンち』が昨年終わっていたことを今知ったのだが、なぜかうちで読売新聞をとっていたことがあり、1997年ころか、弟のユズヒコが、日曜日に頭がぼうっとして、町へ出て友達に会うとそのぼうっがとれて、ぼうっとするのは寂しかったからか…

http://blogs.yahoo.co.jp/takata_hiroshi_320/24601494.html こちらは結構読書家らしいのだが・・・。 「出版元が聞き慣れない国書刊行会」はっ!? 「日本の読書会」読書界・・・ですかね。 「ジェイムズの文学の読破を企てた前記の漱石」そんな話は聞いたことが…

http://mri-consul.co.jp/category/%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%91%9F%E3%81%8D/ 「このミステリーがひどい」を読む 2015年11月09日(月) 学生時代から、エラリークイーンやアガサクリステイーさらには松本清張、高木彬光など、いわゆる謎解きものの本…

「次回芥川賞についてという話題は、文学青年の胸をわくわくさせるだらうが、このごろ芥川賞の値段が少し下つて来たやうぢやがどんなものかな」 と書き起こされるのは、田健「次回芥川賞について」『東宝』1940年5月号である。 「第十回寒川光太郎の受賞なん…

たり〜たりの神話

学校文法でもNHKでも、「昇ったり降りたり」のように、「たり」は繰り返さなければいけないとされ、「友達と遊んだり買い食いをして」とするのは間違いだとされている。しかし円地文子の「二世の縁 拾遺」には、「女の家の猫の額ほどの畠を定助がせっせと耕…

ウィキペディアを攻撃するのに「間違いだらけ」とするのは無理がある。歴史関係の項目なんかは割と充実している。ウィキペディアで問題があるのは、 ・存命個人の宣伝的項目。たいてい本人か関係者が編集している。 ・芸能人、テレビ番組、映画などの過剰な…

グレーヴズのナウシカ

ナウシカといえば『オデュッセイア』で、オデュッセウスが流れ着いたスキラ島のお姫様である。『エレホン』という近未来小説を書いたサミュエル・バトラー(17世紀にもサミュエル・バトラーという作家がいるので、区別のため「サミュエル・エレホン・バトラ…

立ちスマホ

電車内で携帯電話で話してはいけない理由はほぼなくなった。2001年頃だと思うが、ヌエが電車内携帯を批判し始めたことがあり、私が「なんで人と話してるのはいいのに電話だと嫌なのかなあ」と言うと、ヌエは最初のほうだけ聞いて、同意してもらえたものと思…

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20160103 国会図書館で調べてきたらやはり1978年だったが、二つの漫画をごっちゃにしていたらしい。 「うわーっ死にたくないよ」は、木村知生の「戦えスーパー家族」で、おじいさんが蛾になるのは、やまと虹一「宇宙の方…

著書訂正

「病む女はなぜ村上春樹を読むか」 P22、・・シンクレア・ルイスである。映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の原作者アプトン・シンクレアとともに社会主義者で・・・。

『出版ニュース』12月下旬号で佐久間文子が、20年ほど前に朝日新聞で作家と読書好きの女性芸能人の対談を企画したら評判がよく、喜んでいたら、一人「これから書評はこんなのばっかりになるよ」と言った人がいて、むっとしたが、実際そうなってしまった、と…

ヘレン・ケラーを描いた「奇跡の人」の題名はサリヴァン先生のことなのだが、あの戯曲はヘレン・ケラーについての誤解を広めている。その最たるものが、サリヴァン先生から手にざぶざぶ水をかけられて、初めてものに名前があることを知って「ウォーウォー」…

もう一つ、昔読んで探している漫画があって、これは「朝日小学生新聞」に連載されていたものである。私が中学生の頃だから1976年か77年ではないかと思うが、弟が小学生だったので続けてとっていたのだ。 「冒険家族」という題名のように思うがそれだと見当た…