映画「ゾッキ」の感想

2021年の日本映画で、監督は竹中直人山田孝之斎藤工の三人。オムニバス映画のようだが、完全に分離していない入れ込み式。舞台は蒲郡で、何ともとりとめのない話が続く。キャストを見ると松田龍平石坂浩二がいるが、松田は最初のほうに出てくるだけで、主演をしているのは知らない俳優。実在しない姉、中学で一番好きだった女子と二番目に好きだった女子。レンタルビデオ店、「ビデオボーイ」、父と息子、夜中の学校、お化け、サンドバッグ、といった感じ。観ても損はしないが、観なくても損はしない映画で、蒲郡が好きな人向け。

 

映画「土を喰らう十二カ月」の感想

 水上勉の原作の映画化か。沢田研二(74)が、60代後半の人気作家の、信州での田舎の一人暮らしをしていて、編集者の松たか子がときどきやってくる。作家は元寺の小僧だったから精進料理がうまく、てきぱきと料理を作るのが見せどころ。私は特に精進料理に興味はないが、松たか子がいい。厨房で沢田の指示を受けながら「はいよっ」と答えるところがいい。沢田は20年くらい前に、ただのデブになってしまったとか言われていたが、その後ダイエットしたのか、そうデブではないし、主題歌もちゃんと歌っている。私は最近映画のエンドタイトルを邦画の場合は最後まで観るのだが、これは製作委員会に二見書房が入っていて、三人の最後に旧知の千田麻利子さんの名前を見つけて、おお、と思った。

映画「全身小説家」の感想

原一男井上光晴が死ぬまでを撮影したドキュメンタリー映画全身小説家」を、私は2000年ころ観ようとしてビデオを借りてきて最初のほうを観て、ガンと診断される場面を見て、これで最後に死ぬんだと思い、恐怖を感じて残りは見ずに返してしまった。

 先日、映画「あちらにいる鬼」という、娘の井上荒野が、井上光晴瀬戸内寂聴の愛慾関係を描いた小説の映画化を観て、井上がやっていた「文学伝習所」の教え子であった山下智恵子の「野いばら咲け」を読んだ。井上は伝習所に来る既婚婦人らにかたっぱしから言い寄りキスしたりセックスしたりしていたらしく、「全身小説家」にもそのことが描かれていて、映画が出たあとで伝習所の女性らから、抗議しようという声が上がったが山下はそれには乗らなかったとあった。

 そこで改めて「全身小説家」を観てみたのだが、これの主題は「嘘つきミッチャン」ということで、自分の子供時代のことについて、旅順生まれとか、父が失踪したとか、中学受験ができなかったとか、初恋の美少女の崔鶴代が遊女になったとか言っていたのが全部ウソだったというのが主題だったらしい。中学受験に至っては落ちたというのが真相だったという。

 最後に井上の葬儀で瀬戸内寂聴が挨拶をして、私と井上さんは男女の関係でなく親友になったと言っていたが、特典映像の斎藤学(さとる)との対談で原が言うには、埴谷雄高が、これは真っ赤なウソで、紫衣を着てウソをついている、一番の嘘つきは瀬戸内寂聴だと言っていたと話している。周囲の人はみんな知っていたという。

 もっとも私は嘘がどうとかより、井上光晴の賑やかな生活ぶりに割と唖然としていた。私も猫猫塾というのをやっていたが酒は飲まなかったし実に淋しいもので、自宅へ人が気軽に訪れるなどということはなかったから、人気作家というのはすごいものだなあ、と思うばかりであった。

 ところで「崔鶴代」という女優が演じた遊廓へ少年が行くところは、大林宣彦の「はるか、ノスタルジイ」(1993)と妙に似ていたが・・・

 

映画「待ち伏せ」レビュー

1970年の東宝映画で、三船敏郎石原裕次郎勝新太郎浅丘ルリ子中村錦之助というオールスターキャストだがシナリオがあまりにポンコツで、観ていて疲れるくらいひどい。西部劇の翻案みたいに見えるが、稲垣が藤木弓の名で小國英雄らと書いたものである。善悪が最後まで分からないようにしているのが全然面白くない。キネマ旬報では二点入れた人が一人いるだけ。

映画「あのこと」レビュー(私小説作家のポジショントーク)

アニー・エルノーの「事故」の映画化だが、製作はエルノーノーベル賞をとる前である。私はエルノーノーベル賞は、私小説は日本だけのものではないことを知らしめるのに良かったと思って歓迎しているが、小説自体をさほど高く評価しているわけではない。

 これは1950年代、まだ大学生のヒロイン、おそらくエルノー自身が、当時違法の妊娠中絶をする話で、ホラー映画風である。私は妊娠中絶には反対だが、それは、植物人間になっているのを殺してはいけないなら胎児も殺してはいけないだろうという論理的要請からそうしているので、前者は殺人だが後者は殺人ではないという人は論理的錯誤に陥っていると言うほかない。結局は、若いうちからむやみとセックスをするな、するならちゃんとコンドームを着けろ、と言うに尽きる。

映画「あちらにいる鬼」レビュー

井上光晴瀬戸内晴美の情事を娘の井上荒野が描いた小説の映画化だが、私はまだ原作を読んでいない。図書館で大勢待っていたからで、今見たら一人待ちだったので予約を入れた。寺島しのぶ豊川悦司で、トヨエツは私と同年だからずいぶん若い役をやったことになる。妻が広末涼子で、一貫して怖い顔をしており、そのため陰惨な感じの映画になっている。

 私は瀬戸内の小説はそこそこ読んでいるが井上光晴をちゃんと読んだことがなく、いつでも挫折してしまうのと、誰も「この作品がいい」ということを言わないので、どれを読めばいいのか分からないからである。文学賞もとっていないし。それに、こういうことは作家本人が描くものじゃないかと私は思っていて、こんな生活をしながらそれを小説にしないで娘にやられるなんて、情けないじゃないかと思ってしまうのである。

渡辺憲司「江戸の岡場所 非合法<隠売女>の世界」レビュー

著者は前田愛の弟子の、近世戯作が専門だが、概して近世遊里のいくらか趣味人的な研究を読物に

してきた。これは岡場所に焦点を当てているが、四宿というより深川に力が入っている。視点は近

世江戸の富裕な町人のもので、最後に「跖婦人伝」を本気になって紹介するあたりは、中村幸彦

の、戯作は単なるちゃかしであって風刺の名に値しないという言をちゃんと受け止めていない。ま

た全体として下層娼婦にエモさを感じて、それを反骨精神だと思っているあたりは永井荷風、川端「雪国」の感性であろう。