故郷七十年 (講談社学術文庫) 柳田国男 アマゾンレビュー

皇国史観とか
星3つ 、2023/01/02
私は柳田国男が嫌いだが、1958年から神戸新聞に連載されたこれは自伝でもあり、文章も昔より平易でいいと思った。しかし新体詩人であったことと、失恋をきっかけに文学をやめたことは前から言われていた通り書いてない。そういう不正直さはやっぱり嫌である。さらに後半は自伝ではない民俗学雑話になるが、日本人が南方から渡来した説に固執して、騎馬民族説を批判するところで、皇室が皇室がと言っていて、縄文時代弥生時代もないから、この人は2600年前に高天原天孫降臨したとでも思ってるんじゃないかと思い、げんなりしてしまった。やっぱりこの人は嫌いだ。

「水俣曼荼羅」アマゾンレビュー

天皇登場で台無し
星3つ 、2022/12/17
はじめはだれて長いなあと思うが、中盤から面白くなってきて、熊本県環境省との対決は白眉なのだが、そこへ天皇水戸黄門みたいに出てきて、いっきに台無しになる。別に原一男が悪いわけではなく、原は石牟礼道子の手前勝手な発言を入れて批判しようとしているんだろうが、いかんせん。天皇のところはざっと飛ばしても良かったんじゃないか。そうも行かないか・・・。

 

ホンネとホント

 私は大学四年の時に、地元の出身中学校で二週間の教育実習をしたのだが、成績はBで、きっといい成績ではないのだろう。結局、「教育原理」を落としてしまい、朝一限に家から遠い駒場で開講されるこれを再度履修できず、教員免許はとらずじまいになった。

 その教育実習の時、最後にサッカーの試合をやるということになり、私も参加するように生徒たちから言われた。私は困りながら「私がボールを蹴ると、その行先は神様しか分からない…」と笑いながら言ったのだが、その後担当の若い女性の先生に、「小谷野先生も楽しめる試合にしたい」などと生徒が書いたのを見せられて、「私の言いたいことは分かりますね」と言われ、「はあ…」と仕方なく答えたが、「ホンネで接していい場合と…」と女性教員は言った。私は「ホンネじゃないんだ、ホントなんだ」と内心で叫んでいたが、まあそういうことが積み重なってのBであったという気がする。

小谷野敦

「黄禍論」の流行

先ごろ死去したドウス昌代のノンフィクション「日本の陰謀 : ハワイ・オアフ島ストライキの光と影」(文藝春秋、1991)は、のち文庫になっているが、アマゾンを見ると中身のあるレビューが一つもなかった。

 これは大宅壮一ノンフィクション賞と新潮学芸賞を受賞した作品だから、不思議だなと思ったが、中身は、第一次大戦末期のハワイでの、きび畑労働者たる日本人移民のストライキと、反ストライキの坂巻銃三郎宅が爆破された事件の精密な調査記録で、あとがきを見ると著者が五年ほどかけて調べ、奇跡的に公判記録を見つけた話なども書かれていた。のちに『イサム・ノグチ』を書く著者であり、こちらは講談社ノンフィクション賞を受賞している。受賞は妥当だが、一般読者には地味すぎたのかもしれない。

 ドウスは米国人と結婚した日本人で、このあと決められた排日移民法が日米の対立をあおり、日米戦争に至ったとしている。ところで1991年という刊行年は真珠湾攻撃50周年で、その年12月8日に私はヴァンクーヴァーの大学の寮にいて、共同室へ行ったら真珠湾攻撃のドラマをやっていてちょっと変な目に遭った。それで日本側としては、黄禍論がいけないんだとか、ルーズヴェルトの陰謀だとか言っていたので、平川祐弘なんかは黄禍論のほうの旗振りをやっていた記憶がある。まあドウスとしてはそういう愛国主義者に加担する気はなかっただろうが。

インベカヲリ★「私の顔は誰も知らない」書評 「週刊朝日」

 インベカヲリ★は、写真家である。募集に応じて来た女性たちの、ちょっと不気味な感じの半ヌード的な写真を撮っており、『やっぱ月帰るわ、私』や『理想の猫じゃない』といった写真集を出し、木村伊兵衛賞候補になり、ニコンサロンで伊奈信男賞も受賞しているが、その一方人物ルポルタージュも執筆し、二〇一三年に私は共著『ノーモア立川明日香』の書評をしている。さらに昨年は、新幹線内で無差別殺人を行い無期懲役になった小島一朗に取材して『家族不適応殺』を上梓し、大宅壮一ノンフィクション賞の候補になった。写真が本業なのになぜこんなに文章がうまいんだろうと思ったら、子供時代から大量のノートに思うことを書きつけ続けてきたというから、なるほどと納得した。 
 この本は、『家族不適応殺』の関連書として出たものと同時に出たエッセイ集で、おおむね女性論である。冒頭のエッセイで、女性は周囲に合わせて擬態しているというこの本の主潮音ともなるエッセイが出てくる。
 私は大学院生のころ、東大の女子院生から、子供のころ作文を書く時は、どう書けば大人に受けるか、こういうところで泣かせるということを分かって書いていたと言われてちょっと驚いたもので、女の優等生ってすごいなあと思ったものだが、大人になってからもその能力は発揮されて、大学でも会社でも、筆記試験をやると、女のほうが、自分が書きたいことではなく相手が求めていることを察知して書くから、実は上位は女ば
かりで、そのため企業などでは男にゲタをはかせて採用していると聞いたことがある。さる医大で問題になったことだが、私はそれを聞いて、上の意向を察知してそれに迎合する人ばかりでは良くないから、そういう措置も必要なんじゃないかと思った。そうなると筆記試験で成績のいい女を落とすことに合理性があることになり、何がいいことなのか分からなくなる。  
 とはいえ、インベの考え方はフェミニズムに影響を受けつつ、正義に向かって突っ走るとか、最近ネット上でよくある、正義を吠えたてるようなこともなく、適当なところでストップして話を転換するような感じである。来世とか前世とかオカルト的なことも書いてあるのでちょっと心配になるが、これも擬態なんだろうか。                
 女性の写真を撮る時に、インベはさながらインタビューのように相手と話をする。そこから導かれた議論もあるが、男とも話さないといけないのではないか。インベはそれに対して、男は小島一朗を取材した、と言うが、殺人犯で男を代表させるのも困るので、今後は男の話も聞いてほしい。そういえばインベは西村賢太のファンだったが、存命中にそれを言えば西村に追いかけられかねないので黙っていたと、これは私が聞いた話だが、その判断が的確なのはいいとして、そういう要素もあって男とはあまり話ができないのかもしれない。  
 エッセイの中でも、被写体となった女性の話や、インベ自身が身の周りのものを売った話なども出てくるし、これまでキャリアの上で苦労した話も出てくるが、東京の女子高に通っていた話など、ちょっと不思議な立ち位置の人で、動画などで見る限りごく常識的で落ち着いた人に見えるが、中にはモンスターが住んでいると自分では言っている。         
 本書を読むと、チラリチラリとインベ自身の生い立ちが出てくる。都内の私立女子高では半分は埼玉県から来ていたとかあり、どこなんだろうと興味をかきたてられる
し、両親はどんな人なんだろうと思うがそれも分からない(のち母親は美大卒、文京区に実家があったと判明)。インベという日本最古の姓の一つを名乗っていることとあいまって、インベさんへの関心ばかりがふくれあがる、不思議な本である。