片山杜秀 の検索結果:

『群像』創作合評一覧

…野崎歓2・町田康2・片山杜秀 5-7 島田5・大澤信亮・谷崎由依 8-10 吉増剛造・長野まゆみ・中条2 11-14年1 小池昌代4、阿部公彦2、中村文則3 14年2-4 ★稲葉真弓5、苅部直2、藤野可織 5-7 堀江敏幸、平野啓一郎、諏訪哲史 8-10 吉増剛造2、中条3、長野まゆみ2 11-15年1 松浦寿輝4、蜂飼耳3、宮下遼 15年2-4 山城むつみ2、長嶋有、松田青子 5-7 佐々木敦3、鴻巣4、青木淳悟 8-10 中条省平4・野崎3・大澤聡 11- 春日武彦、清水…

凍雲篩雪(四月)

…賞しており、佐藤優は片山杜秀、梯久美子とともにその選考委員であり、選評を見ても三人ともこの著作を推している。自分が推した受賞作なのだから、佐藤優は善意の第三者とは言えない。佐藤は須田が、小保方一人に責任を押しつけていないと言うが、ならばなぜ『捏造の科学者たち』ではなく、単数なのだろうか。しかもこの著作は、理化学研究所の最終報告が出る前に刊行されており、大宅賞を狙って文藝春秋から出されたのではないかとも指摘されている。佐藤優のは「大人の事情」がらみであることがすけて見える。 『…

凍雲篩雪(七月)

…勝手である。 すると片山杜秀が「朝日新聞」の文藝時評(五月二十六日)で浅田の「よほどのバカや偽善者」が原発事故などに拘泥する、という発言をとりあげて、「筋はとおっている」と言いつつ、「文化人の冷笑主義」と批判し、「バカや偽善者」のほうがいいと言い、斎藤はこれあるかなと引き合いに出して片山に同調している。木村朗子の「嘘」に同調したこともすっ飛ばし、前回評価したいとうせいこうの『想像ラジオ』も、今回は原発が出てこないと評価ダウンするというご乱心ぶりである。大新聞の文藝時評がこうい…

…日新聞文芸時評担当の片山杜秀の文章を「ある種の学者が使用するです・ます体の体言止めの多い文章で…と、無気味な調子で続ける」などと大変痛快である。 ところがその同じ『現代思想』に佐藤泉が書いた、1960年ころの文学状況の、割と凡庸なものについて「純文学論争」という名で呼ばれる論争の「火付け役は、一般に言われるように平野謙ではなく大岡昇平だったのかもしれない」とする佐藤の鋭い視点も」と来たから、は? となったのは、そんなことは福田恆存がその当時指摘したことだからで、驚いて当の『現…

…とで、鈴木氏はなんで片山杜秀か読売新聞に訂正を申し入れないのであろうか。 さらにまた、師匠や同僚に異論を唱えるにしても、鈴木氏の場合は「意を汲み取って」というのが、俺に基本的に逆らわず、という意味だから困るのである。それならたいていの学者がそうである。では誰か日文研で、梅原猛の『水底の歌』は間違いである、という発表をしたのか。 私はかつて日文研の中西進研究会で、中西氏が「近ごろ大江健三郎はキリスト教に行っているが、日本人としてどうなんですかねえ」と言い、ツヴェタナ・クリステヴ…

…で書いておく。 私が片山杜秀の書評について言っているのは「日本の文学部はおかしい」というところである。これは明らかに鈴木氏が「人文学」と書いたのを誤読したのである。 なお菊池の退学事件について、校長を瀬戸虎記としたのは私の間違いで、事件の最中に校長は新渡戸から瀬戸に変わり、最終的な退学の決定をしたのは瀬戸ですが、成瀬や長崎太郎は、新渡戸と瀬戸と両方に話をしていました。失礼しました。 さて、どうも、鈴木氏の言うことが理解できないのは、近代になって文学史を編成する際にいろいろあっ…

…ndex.html 片山杜秀の書評が見当違いであると鈴木氏が思っていることが分かったが、私のブログなどより読売新聞のほうがずっと読まれているわけで、あれを読んだ人のうち「おかしなことを言っている」と思った人は多いはずです。そっちのほうがずっと問題じゃありませんか。 鈴木氏の言っていることを仮に認めるとしても、そもそも日本の文化というものは、1500年の歴史を持ち、しかも早い時期から平仮名という表音文字を発明していて、『源氏物語』のような高度な文藝を生み出しているから、ユニーク…

…れには理由があって、片山杜秀の書評を読んだからである。 日本の大学には文学部がある。倫理も西洋史も宗教も美学も、たいてい文学部の範疇だ。 不思議ではないか。だって文学者といったら、今日の常識では小説家や詩人に限られてくる。哲学者や歴史家をふつう文学者と呼ばない。 なぜ、そうなっているか。著者は近代日本における文学なる言葉の歩みを綿密に考証する。 まず文学者というときの文学は西洋近代の作った狭義の文学観念に基づく。哲学や歴史と別個の美的価値を持つ言語芸術としての文学だ。 けれど…

大逆事件の二つの見方

…のである。だからこそ片山杜秀ともつきあえるわけだ…。 それと、堺を称揚するために、女性解放論者として先駆的である、平塚らいてうの『青鞜』より六年早いと白柳秀湖が書いているのをそのまま引きうつしているのだが、女性解放運動などというのは明治初年の森有礼、福沢諭吉からあったもので、なかんずく明治20年以前に婦人参政権運動があり、国木田独歩の最初の妻の母である佐々城豊寿が活躍したことを、黒岩さんが知らないはずはないのだ。 また、桂太郎と西園寺公望が交互に政権を担ったのを「桂西時代」と…

鈴木貞美『「日本文学」の成立』について

…いうのは、読売新聞で片山杜秀が書評しているのを見て驚いたからである。片山は、日本の文学部とか人文学というのは奇妙だ、文学だけではなく美術史も歴史も哲学も入っている、と言い、そういう日本の「文学」概念の特殊性を論じた本である、と書いていた。 そんなアホな。西洋の文学部といえば、humanities とかletterとかいうのだろうが、どこだってそうだろうに。 それで鈴木著を開くと、いきなり「ヨーロッパやアメリカの『人文学』は、自国語の文献のみを対象とする。そして、その内に宗教学…

『記憶の中の源氏物語』はトンデモ本

…が良く、読売新聞では片山杜秀が書評していたし、それどころか三田村さんは『表現者』で前田雅之と対談をしていた。 私はここで久しぶりに泣いて馬謖を斬ることになる(まあ三田村さんは私の部下じゃないし教授で図書館長なんだから比喩としてやや不適切)。あれは「トンデモ本」である。(なお図書館長というのは学長に次ぐくらいの地位で、定年後の年金とか、受勲とかに関わってくる) むろん、『源氏物語』の享受史として、書かれた事実だけを読む分には良いのだが、そこに通奏低音として流れる三田村さんの解釈…

恥ずかしい話

…ら、解説を書いている片山杜秀が作れば良かったのである。だが、現代音楽など、もうその文庫版が出て数年たつうちにどんどん廃盤になるというありさまで、つけても意味がないように思えるのは分かるが、たとえば「主なき槌」というブーレーズの曲など、今では原題で「ル・マルトー・サン・メートル」で出ているから、そういうことを注記してくれたほうが良かったと思う。ウィキペディアなどでやたらISBNをくっつける奴がいるが、本などというのは書名と著者名さえあればだいたいすぐ分かるもので、不要であろう。…

改題について

…古い日記を見直して、片山杜秀が中島岳志と対談していたことを思い出した。 - 出会い系の規制が厳しくなってきた。ふふふふ全国童貞連合、どうする? - 「ファミリー音楽産業」とかいうところから電話が掛かってきた。女の声で、今度BBCのシェイクスピアがDVDになったという。セールスだな、と思ったが黙って聞いていたら、1978年に製作されて80年ころNHKでも放送されて、と説明を始める。パンフレットを送ったとかいうのだが、来ていないか捨ててしまったか。全国の英語教師に送ったというのだ…

井上章一さんに嫉妬

…た井上章一さんによる片山杜秀『音盤考現学』の書評を改めて読んで、文藝春秋のウェブサイトにある金益見のコーナーに井上さんの文章が載っているのを思い出して、ちょっと井上さんに嫉妬した。右翼研究家の、戦前の日本の作曲家の「神風協奏曲」が素晴らしいとかいった本を紹介し、美人女子院生の後ろ盾みたいな立場にいて、けれどべた褒めはしないで、日本だからラブホテル専門の建築事務所があるのだ、などと注文をつける。一瞬、他国にラブホテル専門の建築事務所がないかどうか調べようかと思ったが面倒なのでや…

大河ドラマの音楽

…ものだが、その筆者が片山杜秀だった。ちょうどその年は岩代太郎が大河「葵−徳川三代」の音楽を担当していて、その次には片山が岩代に取材して書いた文章が載っていた。当時私は、何だか普通のクラシックのようで、それほど秀逸な音楽かなあと思っていたのだが、最近、どうもこの曲が気に入っている。 というのは、関が原の戦いに始まり、大坂の陣を挟んで、秀忠が死ぬまでを描いたドラマなのだが、それにしては曲調はパセティックですらあり、勇壮な合戦を思わせるものではない。そこがいいのだ。これはジェームス…

やっぱりこいつが来たか

…志と対談しているのは片山杜秀。やっぱりこいつが来たか、という気がしている。恐らく中島は、戦争は絶対いかんが天皇はよろしいという戦後民主主義者だろうと睨んでいたからで、ただその内容たるや、例によって妙に抽象的かつ俯瞰的で、二人とも、天皇制がなぜいいのかを論じない。まああの程度の紙面では徹底討論はできないだろうが、片山は、右翼の一君万民に対して左翼は一君なしの万民思想で「『自立した孤独な個』が対等に連帯すること」だと言い「人間はそんなに強いものでしょうか」と言っている。しかし、そ…

愛国戦隊大日本

…に関心が集まったり、片山杜秀の本が出たりして、思うのは、 「かっこいい右翼」 VS 「凡庸な保守派」 という変な対立ができつつあることで、前者は要するに北一輝、石原莞爾、蓑田、頭山満、杉山茂丸などを論じ、小室直樹などを尊敬していたりする。後者は、新しい歴史教科書をつくる会とその周辺である。 私の若い頃から、前者への崇敬の念のようなものはある程度あって、自民党なんかとは違う右翼があるんだ、という雰囲気があったが、松本健一などもその辺の先駆だろう。本格的には福田和也が前者を広めた…

…藍川由美さんの夫君が片山杜秀氏であることを知った。片山氏の名は知っていたが、調べたら、音楽と政治思想の研究者、慶応大学博士課程中退。しかし大学教師ではなくて音楽業界の人のようだが、著書がない。藍川さんのCDの解説はこの人が多く書いている。なんか謎の人だ。そして、年は私の一つ下。がーん。 藍川さんは1956年生まれだから、七つ年上ということになる。だが、あの藍川さんであるから、羨ましい。何も二十歳年下ばかりが羨ましいわけではないのである。と何ものかへの弁解のごとくに書く。 - …