音楽には物語がある(26)ミュージカルの作曲家(1)中央公論2021年1月 

 英国の劇作家ロナルド・ハーウッドが死去した。代表作は映画にもなった「ドレッサー」で、映画のシナリオでも活躍し、国際ペンクラブの会長も務めたが、第一級の劇作家とはいえないだろう。私が大学生だった一九八六年に、ハーウッドが案内役を務める演劇史の全十三回の番組「この世はすべて舞台」がNHK教育テレビで放送され、江守徹がハーウッドの吹き替えをしていたが、これはハーウッドの著作をもとにしていたが、素晴らしい番組で、当時演劇を勉強しようとしていた私は夢中で観ていた。

 その最後のほうに「ミュージカルの時代」という回があり、「オクラホマ!」や「ショウ・ボート」などに始まるミュージカルの歴史が概観されたのだが、当時、劇団四季が「キャッツ」をロングラン公演中で、私は割とミーハー的に興奮して、演劇ではこれからミュージカル研究をすべきだ、などと人に言ったりしていた。

 結局ミュージカル研究はしなかったわけだが、オペラというのがしばしば筋は通俗的かお伽噺風なので、音楽のほうが問題にされるのに対し、ミュージカルはわりと筋が問題にされる。特にバーナード・ショーの「ピグマリオン」を原作とする「マイ・フェア・レディ」にその傾向があるが、これはアラン・ジェイ・ラーナー脚本で、フレデリック・ロウ作曲である。私はわりと、ロウの音楽がいいんじゃないかと思うのだが、ロウはラーナーと組んだ「キャメロット」があるくらいで、あまり話題にされない音楽家だ。

 ミュージカルの作曲家は、オスカー・ハマースタイン二世の作詞に曲をつけたリチャード・ロジャースに、アンドリュー・ロイド・ウェッバー、そして指揮者でもあるレナード・バーンスタインがいて、彼らは有名だが、ディズニー映画「メリー・ポピンズ」のロバート・B・シャーマンとリチャード・M・シャーマンのシャーマン兄弟は知名度は低いだろう。

 あるいは、日本で松本白鸚がロングラン公演している「ラ・マンチャの男」は、デール・ワッサーマンの脚本にミッチ・リーが曲を付けたものだが、リーにはこれ以外に知られた音楽作品はない。ニューヨークでロングラン記録を持っていた「コーラスライン」は、作はマイケル・ベネットで音楽はマーヴィン・ハムリッシュ、これは映画音楽の世界では大物らしいが、さほど日本では知られた人物ではない。

 ミュージカル映画の「ドリトル先生不思議な旅」は、私の好きなミュージカルだが、これは米国では当らなかった。日本で、宝田明が主役の吹き替えをやったのがNHKで放送されて人気が高いのだと思う。元のレックス・ハリソンは「マイ・フェア・レディ」の時以上に、歌っていない。そこを宝田明がすぐれた訳詞で歌ったのが、日本での人気の理由かもしれないが、私としては音楽もかなりいいと思っている。この曲はライオネル・ニューマンとアレクサンダー・カレッジで、ニューマンは映画音楽の作曲家として知られるニューマン一家の一人だから、やはり優れた音楽家なのだろう。

 映画「ウォルト・ディズニーの約束」では、「メリー・ポピンズ」映画化を承諾してハリウッドを訪れた原作者のパメラ・L・トラヴァースを描いているが、ここでは作曲家が即興でピアノを弾き、修正が加えられるという、ミュージカル製作の裏側が窺えて興味深い。もっともこれはディズニー方式だという。喜志哲雄の『ミュージカルが<最高>であった頃』(晶文社)では、たとえば「マイ・フェア・レディ」について、始めあった歌を削除するなど、駒かな修正が加えられていったさまが描かれている。(この項つづく)