橋浦方人「蜜月」の衝撃

立松和平原作、橋浦方人監督の映画「蜜月」を、35年ぶりくらいに観た。立松が夫人と知り合って結婚するまでを描いた私小説の映画化で、佐藤浩市と中村久美が主演している。84年の映画だから、86年ころテレビで放送されたのを観たのだろうから、私は24歳で、中村久美の美しさに惚れ込んでいたし、憧れまた性的な刺激を受けつつ観た。中村久美が重要な役で出る山田太一の「真夜中の匂い」も84年で、これも興奮しながら観ていた。

 実は立松の妻は小山内薫の孫娘なのだが、そのことは小説では消されている。相手は「早稲田文学」の編集部に勤めるいいうちのお嬢さんという設定で、最初にちらりと登場する老大家作家は、有馬頼義だろう。二人がバスに乗って九十九里浜へ行く場面で、立松自身がカメオ出演している。

 お見合い相手を断り、村上哲明という立松自身である青年と動物園やお祭りへ行きながら、中村久美は「どんどんひゃらら、どんひゃらら」と秋祭りの歌を小声で歌い続ける。だが村上は小説書き以外にジャズにも参加していて、ここは大駱駝艦麿赤児が指導する白塗り舞踏が入れ込まれている。

 その白塗り舞踏の合宿所みたいなところへ連れていかれた中村久美(みつ子)は割と動転し、こんな友達がいるとは知らなかった、と軽く錯乱する。そのあと、村上が二人で住む小さくて汚い下宿を見つけてきてかけおちする。みつ子は夕飯の支度をしながら、大変なことをしてしまったと言い出し、家に電話すると言って出ていき、村上があとを追うと、公衆電話で母に電話している。代わって村上が電話に出ると、「結婚は認めますから、明日うちに来てください」と言われる。うって変わって明るくなったみつ子は「結婚できて良かったわね」と笑顔を見せる。これに対する村上の表情は写らない。

 がーん、と思った。これは「凡庸な女であることに気づき、幻滅する」という流れになっているではないか。原作は、「よかったわね。結婚できて」のあとに「何だか殴り込みでもするみたいな気分だなあ」という村上のセリフがあるが、これがなくなっている。立松はおそらく、意図せずして「幻滅」を描いてしまい、橋浦はそれを強める演出を行ったのだろうが、橋浦はそれ以後、映画を撮っていない。

小谷野敦