「俳優亀岡拓次」(横浜聡子)中央公論2017年10月

 麻生久美子が美しいので見ていて苦しくなる、というネット上の書き込み
を見たことがある。ほかにも、テレビに出た女性学者が美しいので苦しくな
るという声があった。自分には手が届かないから、とも考えられるが、気持
ちの持って行き場がないという意味でもあろうし、苦しくなるには、人柄が
よさそうに見えるというのも条件になるだろう。
 「俳優亀岡拓次」は、戌井昭人の小説を横浜聡子が映画化したもので、脇
役俳優の亀岡拓次(安田顕)という三十代くらいの男を主人公にして、時代
劇の大御所監督(山崎努)の映画で死ぬ場面をみごとに演じたり、最後はフ
ランスの監督に見込まれてモロッコまで撮影に行ったりする。
 だがこの映画の白眉は、拓次がふと立ち寄った居酒屋で出会う女性・安曇
とのくだりで、これを麻生久美子が演じている。
 監督の横浜聡子は前作の『ウルトラミラクルラブストーリー』でも麻生を
起用している。「亀岡」での麻生は三十八歳になっているが、あいかわらず
美しいのみならず、すごく「いい人」感がある。カウンターの中には安曇し
かおらず、店主の娘らしく見える。拓次は安曇を相手に世間話をしているう
ちに、安曇がだんだん好きになっていく。俳優だということはあとのほうで
明らかにするのだが、すっかり安曇が好きになった拓次は、次に花束を持って、
おそらくプロポーズするつもりで会いに行く。ところが……。
 このあとの展開が実に面白い。そして男の観客はおおむね拓次に感情移入
して一喜一憂するのだ。これはもう麻生久美子ファンならずとも必見の場面
である。
 ところでその麻生久美子伊賀大介というスタイリストと結婚したのだが、
ユリイカ』九月号のジャームッシュ特集で村上虹郎と対談する伊賀の、四
十歳とは思えない写真とその語りぶりを見て、ああこれほどの男でないと麻
生久美子とは結婚できないのだな、とすがすがしい敗北感にうちひしがれる
のもまた一興である。