「婚前特急」(前田弘二)中央公論2016年4月

 私がこの連載で「映画音痴」を名のっているのは、私が映画の「映像で見
せる技術」に鈍感だからである。映画ファンの中には、ひたすら、映像だカ
メラワークだ、と言う人が少なくないが、私はもうともかくシナリオなので
ある。シナリオが良くなければいい映画にはならないと思っている。映画フ
ァンの中は、シナリオなんかめちゃくちゃでもいい、と思っているのではな
いかというような人もいる。
 さて「婚前特急」は、NHKーBSの「プレミアムシネマ」という番組で
放送していたのを録画して観た。私はNHKで放送される映画が好きだ。も
ちろんノーカットだし、終わってから主要な登場俳優を写真とともに紹介し
てくれるのがありがたい。最近はエンドクレジットが流れることが多いが、
これは小さくて見づらいし、留めのほうに出てくる俳優を確認するまでに飽
きてしまう。
 さて、さしたる期待もなく観た「婚前特急」は、実にみごとなシナリオか
らなる名作だった。主演は美人女優とされていた吉高由里子で、これが、一
度に五人の男とつきあっているというある種の汚れ役で、短大を出て会社勤
めしているやり手で、ちょっと怖い。
 友達を演じるのが杏で、彼女が結婚したのを見たヒロインは、自分も男を
整理して結婚しようかと考え、デブで小柄でさえない、パン工場で働く男か
ら切り捨てようと考え、会いに行って「すまないけど別れよう」と言うと、
浜岡謙二が演じるこの男が、「え、だって俺たちつきあってないじゃん。体
だけの関係で」と言うのである。そこから話が展開するが、これは見てのお
楽しみである。
 現代版中野実という感じで堪能した。ところで場所は東京という設定らし
いのだが、クレジットを見ると水戸で撮影したようでもあり、途中で「本通
八丁目」という住居表示が見えるところがあり、これは静岡市の住所なので
、果たしてこれはどこなのだろうと思った。一点よくないのは「ほぼ無煙」
であることで、この映画の環境でこれだけ無煙なのは不自然だろう。