ダニー・ケイの天国と地獄

 かつて「笑い」で一世を風靡した、と言われるものを、今映画などで観て
もちっとも笑えないということがある。エノケンマルクス兄弟で、私はけ
っこう、面白くないので困ってしまう。マルクス兄弟など、もしかすると、
経済学のマルクスとは違うぞという意味で有名なのではないかと思ってしま
う。インテリぶるの反対だ。よりポピュラーなチャップリンでも、別に笑え
るという意味で面白くはない。
 そんな私にも、「ダニー・ケイの天国と地獄」は面白かったから不思議だ
ダニー・ケイといっても、日本では谷啓の藝名の元ネタと言った方が通り
がよさそうだが、米国のコメディアンで俳優である。「天国と地獄」はオッ
フェンバックの喜歌劇だが、これはそれとは関係ない。一九四五年の作品で
、日本では一九五二年に公開された。筋は、寄席芸人のバズィ(ダニー・ケ
イ)がギャングに殺されてしまい、ケイが二役演じるエドウィンという青年
のもとに幽霊になって出てきて、身代わりをしてくれと頼むのだが、いやが
られたので勝手に乗り移り、ここからあれこれ大騒ぎが展開するというもの
である。
 いかにもありがちな設定のようではあるが、これが面白い。ダニー・ケイ
の軽快な身のこなしが筋運びを停滞させず、飽きさせないのである。
 お笑いには、吉本新喜劇植木等のように、いつもの決まり台詞で笑わせ
るものがあって、チャップリンマルクス兄弟も「いつものアレ」を観客は
期待していて、そこで笑うものらしい。私はお笑い世界のこういう「一見さ
んお断り」なのが嫌いで、初めてでも笑わせてほしいと思うのだが、この映
画にはそういうところがなく、ダニー・ケイの名を知らなくてもおかしいし
、その藝はよく分かる。
 アメリカのシット・コムと呼ばれるコメディー・ドラマの、わざとらしい
笑い声が入るのはちっとも面白くないとか、笑いは文化的偏差が激しいのだ
が、『天国と地獄』は、わりあい普遍的に面白い部類ではないかと思う。