吹けば飛ぶよな男だが 中央公論2014年12月

 山田洋次といえば、もはや国民監督である。歌舞伎興行を主とする松竹を
一時期経済的に支えた「寅さん」の監督であり、渥美清が死んだあとも、「
たそがれ清兵衛」など、藤沢周平作品の映画化など、ことごとく当たり、か
つ批評家からも評価される、恐るべき男である。しかも東大法学部卒、左翼
のはずなのに文化勲章受章と、実に「この野郎」と思うような男である。
 私は中学生の頃、時間があくと体育館に集められて「寅さん」を観せられ
たが、その後はバカにしてほとんど観ずにいた。ある時期からいくつかまと
めて観て、意外に面白くなかった。シリーズ化したために無理が生じている
し、寅さんは周囲の人が言うほどダメな人間ではないと思った。
 だが、その山田に、これはすごいと思える映画が、三つある。三つもある
のだから驚くべきことだが、「故郷」「遥かなる山の呼び声」「吹けば飛ぶ
よな男だが」の三点である。「故郷」は、倍賞千恵子と井川比佐志の、砕石
運搬船で生計を立てている夫婦を描いているが、恐るべき映像美と簡潔なシ
ナリオである。「遥かなる山の呼び声」は、ヒットした「幸福の黄色いハン
カチ」の前日譚に見える(細かい設定は違う)ものだが、「黄色い」が嫌い
な私が、こちらは素晴らしいと思う。その理由は言うと長くなるが、原作に
縛られず自由に創作しえたからだろう。
 そして「吹けば飛ぶよな男だが」は、「寅さん」の原型的作品で、テレビ
版「男はつらいよ」の放送前に封切られている。なべおさみが演じるチンピ
ラヤクザのちょっとした冒険を描いており、物語は定型的とも言える。母親
ではないかと思われる女をミヤコ蝶々が演じており、これは「寅さん」に引
き継がれる。だが、何といっても主演のなべおさみである。なべの見せるペ
ーソスは、アメリカ映画にありそうだが、シリーズ物であることから来る「
寅さん」の人物像のズレがなく、ピンと張りつめている。どうやら山田洋次
は、原質をそのまま提示できた、ヒットしなかった作品のほうが私にはいい
ようだ。