紅閨夢(映画音痴の玉手箱1)中央公論2014年10月

 武智鉄二といえば、かつての歌舞伎演出家で、のちエロティックな変な映
画を撮った人として知られる。最近も、歌舞伎評論家で直木賞作家の松井今朝
子が『師父の遺言』で武智のことを書いている。武智は谷崎潤一郎を師と仰
ぎ、その戯曲「白日夢」を原作として映画を撮り、のち自らリメイクしたの
は私が予備校生の頃で、これは「ホンバン映画」として、主演の佐藤慶や愛
染恭子が話題になった。愛染はのち『白日夢』を監督している。
 最初の「白日夢」(一九六一)の次に撮ったのが「紅閨夢」(一九六四)
で、これは谷崎の「過酸化マンガン水の夢」と「柳湯の事件」を原作にして
いる。私は八年前に、表参道で武智の上映会があった時に観た。
 「過酸化マンガン水の夢」は戦後の作品で、私小説風であり、谷崎が妻松
子とその妹重子という『細雪』のモデル姉妹とともに熱海から上京し、春川
ますみの出るヌードショウを観て、中華料理を食べ、そのあと下痢に悩まさ
れるという話である。
 映画ではそのほか、女の裸を描こうとして狂態の限りを尽くす青年画家の
描写が延々と続く。「白日夢」にも観客をげんなりさせる、女がひたすら逃
げる長い描写がある。ところが、観て数日たつと、谷崎と二姉妹の部分が、
妙に味わいがあると感じられて来たのである。谷崎を演じたのは狂言師の茂
山千之丞で、松子を演じたのは武智の妻の舞踊家・川口秀子で、どちらもそ
こそこ実物に似ている。谷崎自身、茂山一家とは親しかった。
 特に千之丞の谷崎が、店へ入って三色アイスを注文して、ばくばくとまた
たく間に食べ尽くし、「お代わり」と言ってもう一皿食べる場面が、何とも
言えずおかしい。当時谷崎自身は、死去の前年で、「あんなくだらないもの、
観ませんよ」と言っていたが、実際には観て、似ているので不快に思ったの
だろう。
 一般にはゲテモノ映画だが、私はこの谷崎自身を彷彿とさせる千之丞、秀
子の場面がいいと思って、DVDまで買った。だまされたと思って観てごら
んなさい。