志賀直哉と北條民雄

高山文彦の『火花ー北條民雄の生涯』には、こんなエピソードが書いてある。川端康成が、北條から送ってきた原稿を読んでいると、訪ねて来た志賀直哉が「それは何だい」と訊き、ハンセン病患者のものだと知ると震えあがって逃げて帰ったというのだ。

 だが、この逸話は出典が分からない。それに、志賀は川端より十三歳年長の大先輩で、ふらりと川端を訪ねたりはしない。志賀は、北條の作品が載った雑誌ですら忌避したと言われているが、あるいはこれは高山がそれをもとに作った創作ではないのか、と思う。

小谷野敦