綿野恵太氏の本

綿野恵太氏とは、五月に天皇制をめぐってトークイベントをやったのだが、初の単著が出るということで、天皇制批判が書いてあると売れないよ、などと言っていたのが、蓋をあけてみたら売れているので少し驚きやや焦っている。

 まあ在日朝鮮人問題とかヘイトスピーチとかを、グローバルな政治思想の面から解説した、けっこうアカデミックで、難しい本とも言える。

 アイデンティティとシティズンシップというのがキー概念なのだが、シティズンというのは「市民権」の有無とは関係ないらしい。

 だいたいアメリカと日本の対比で論じられていくのだが、米国の黒人差別などは、米国籍を持っている者を人種で差別するな、という運動なのだが、日本の場合は、かつてサンフランシスコ講和条約の時に日本国籍を剥奪され、今も帰化せずにいる「日本国民」ではない人たちをめぐる問題なので、実はズレているのだが、綿野氏はそのズレを顕在化させないように書いていて、見ていてハラハラする。

 最後に、日本国憲法制定の際の「人民」(people)が「国民」(nation)と保守派によって誤訳された、というところに、その苦衷が見える。「日本人民」というのは当時日本にいた朝鮮人や中国人を含むというのだが、「日本人民」なんて言葉はあるんだろうか。

小谷野敦