林真理子の『マイストーリー 私の物語』を読んでいたら、どうも腑に落ちないことが多かった。自費出版を描いたものだが、この題材では、百田尚樹の『夢を売る男』が傑作なので、難しい。さて帯の前面には「なぜ、ひとはこれほどまで『私』を曝け出したいのか」とあり、裏面は本文からの引用で、「自費出版で本を出す人は自分について恥ずかしいことなど隠してきれいごとを書く。もし恥部をさらけだすようなことができたらその人は作家になっています」(大意)とあって、両者が矛盾している。そして裏面が正しい。つまり表面帯は間違いである。
 猫猫塾をやっていると、まあなんと人は本当のことを書けないものか、と思う。多くの人が最初に書いてくるのは、過去の自分を美化したものだ。それが不思議にも、女との恋愛を描いても、どうやって知り合ったのかが書いてない。そこで追究していくと、逃げてしまう人すらいる。塾とは別に、私は自費出版含めて面白そうな私小説をよく読むのだが、よくぞここまで恥ずかしいことを描いた、と思えるものはまずない。あったら小谷野賞を授与している。
 『マイストーリー』では、芥川賞を27歳でとって二十年になる女性作家の、八十を超えた母親が(遅く生まれた子だろうか)自費出版するという話から始まるが、娘が作家になったので自分も本を出す母親といえば、水村美苗の母親がいる。しかしこれはいいおうちに生まれた女の自慢話に近かった。それに対してこの母親は、娘の編集者と寝た話とかを書いていて、実にすごいのである。つまりこの母親はちゃんと書ける人になってしまっていて、話がおかしくなっている。
あとこれは林真理子の考えなのか、母と娘は確執が多いが父と息子は仲がいいと思い込んでいる節がある。それはない。私はヌエに、定年になって寝転がってテレビばかり観ているなら自伝でも書けばいいと言ったががんとして書かなかった。考えてみたらあの男は若い時をのぞいて文字を書いたことがないのではないか。私はヌエのそういうところが嫌なのである。