Le petit prince

安冨歩(1963年3月- )という東大教授の『誰が星の王子さまを殺したのか モラル・ハラスメントの罠』(明石書店)を読んで、困っている。これは困る本である。
 モラル・ハラスメントというのは、私はてっきり、大人の世界のいじめの言い換え語だと思っていた。実際そういう使い方は香山リカなどがしているが、イルゴイエンヌというフランス人が提唱した概念で、1999年に『モラル・ハラスメント :人を傷つけずにはいられない』が出ているが、今日まで、「モラル・ハラスメント」を題名に含む著作は日本では15点しか出ていない。そのうち多くは、夫から妻への加害行為についてのものである。
 さてしかし安冨によると、これはけっこう特異な概念で、被害者が罪悪感を抱くように仕向けるというところがミソである。私は「王子さま」なんて語は共和主義者として使いたくないので「プランス」とするが、プランスはバラのモラハラに逢って自殺したというのである。
 なお安冨はこれより先に本條晴一郎(1966- )との共著『ハラスメントは連鎖する 「しつけ」「教育」という呪縛』(光文社新書、2007)を出しているのだが、あとがきによると、その後本條が書いた論文(「ハラスメントの理論」(特集 魂の脱植民地化--日本とその周辺諸国ポストコロニアル状況を解消するための歴史学) (理論的考察) 『東洋文化』2009-03 のことだろう)で、当該書の題名をあげなかったため、本條を問い詰めると、本條は逃げてしまったという。なおこの合は「特集 魂の脱植民地化--日本とその周辺諸国ポストコロニアル状況を解消するための歴史学」とされて、安冨が「はじめに」を書いている。ほかの執筆者は、深尾葉子、千葉泉、等々力政彦、内田力、與那覇潤、富田啓一、宮本万里らである。 
 「魂の脱植民地化」というのは、安冨と深尾葉子が提唱している概念らしく、「魂の脱植民地化叢書」というのが五冊くらい出ていて、深尾が『魂の脱植民地化とは何か』を書いている。だが「魂」などという存在しないものを掲げている点で、まともな学問的概念とは思えない。
 さらに安冨(この人は私と同学年だが、京大経済出身である)は、本條(の名は出していないのだが調べればすぐ分かる)との関係がこんなことになったのでは、共著の内容に欠陥があったと考えるほかない、という。そうか? もうこのあたり、オカルト臭ふんぷんである。
 さて安冨は、プランスを論じたいがフランス語ができない、と盛んに言う。新しい言語を学ぶ時間はないと書いているのだが、アラビア語タイ語ではなし、英語ができるならフランス語くらい、東大教授の頭を持っていれば二年もやれば問題ない。しかし安冨は「ル・プティ・プランス」という原題は、王がいないから王子はおかしい(?)ので「あの小さな大公」としているのだが、これは英語の定冠詞すら理解していないことを示している。「あの風とともに去りぬ」とか「あのビートルズ」とか訳すつもりであろうか。要するに西洋語が概して出来ないのではないか。
 そして肝心の中身だが、安冨は、加害者と被害者で男女は関係ないとしているのだが、何だか、DVにおける加害者の行為および効果とよく似ているのである。単にここでは加害者が女だという違いがある。類例をあげるなら、『オセロウ』でイアゴーが、女は傷ついたと訴える時は天使の顔、と言っているのと、漱石の『行人』で一郎が妻に対して、なぜ自分の暴力に抗議しないでじっとしているのだ、と言うあたりが似ているのだが、安冨は文学的教養がないらしく、そういう例は出てこない。
 文学作品をこういうより大きな心理・社会学的概念の説明に用いる時は、作品論なのか、文学作品を用いての概念説明なのかを分別しなければならないのだが、そういうことは安冨には分からないらしい。
 『プランス』の解釈本はいくつもあるが、結構私は読んでいて、フォン=フランツの『永遠の少年』なんか、院生当時震撼させられたものである。あと塚崎幹夫矢幡洋のも確か読んだ。だいたい私には『プランス』はどこがいいのか分からない作品である。なお安冨はフォン=フランツを「フランツ」としているが、かなり西洋に疎い人らしい。
 安冨はイルゴイエンヌのモラハラ概念に心酔して、当人に会って、フロイトのイドの発見と同じくらい重要だ、と言っているのだが、安冨は、フロイトとかユングとかいうのが、学問的インチキないしオカルトであることを知らないらしく、しごく無邪気に用いている。
 安冨はアルベレスの『サン=テグジュペリ』も参照しているのだが、そこには、人妻ジュヌヴィエーヴとの不幸な恋の顛末から、バラはジュヌヴィエーヴである、とはっきり書いてあるのだが、そういう伝記的な考証は安冨はとりあげず、ファシズム擡頭時の政治的状況との暗喩ばかりとりあげている。
 そして、何のことはない、ここで描かれているのは、安冨の学問的パートナーであるらしい深尾葉子が「タガメ女とカエル男」なる不可思議な概念で言っていることを裏書きしているだけで、まあそういう男女関係もあるよね、程度のものでしかないのである。もしやすると、最近女装を始めたという安冨は、かつて面倒な女にひどい目に遭わされたことがあるのではないか。
 そしてまたあとがきは、深尾の勤務先である大阪大学で書かれていて、この二人はどこへ向かおうとしているのだろうと怪訝に思うばかりなのであった。
小谷野敦