どうにも腹がたつ。いや選考委員のことではなく、15日の九時過ぎに電話をかけてきて「残念だったね」とか言った男である。これは英文科の同期である。Nとするか。特に私と親しかったわけではないが、どうもこの十年ほど、することがおかしいのである。建築会社に勤めていたのだがそれをやめて、編集者になりたいから紹介してくれと言い出した。しかし、そんな力が私にないことは別として、四十過ぎて編集者に転身するというのはどだい無理である。それに、英文科というのは、文学に興味のある者が少なく、私はひとつはそれで失望してあまり大学へ行かなくなったのだが、Nにしても、特に文学に興味があるとは思えなかった。
 またこの男が妙なメルマガを送ってくるようになり、なんかごちゃごちゃと「お笑い」のつもりらしいのが書いてあるのだが、ある時、「おい大変だ!小谷野が胃がんになった」「そうか」「大丈夫だ。胃がんより先に肺がんで死んだ」というのがあって、私はメルマガ送らないでくれと言った。それでいったんは関係が途絶えた。
 だがまた電話があって、もやもや病になったとか、妻と別居したとか言っていたが、今度また「候補」になると電話がかかってきて、同窓会をやりたいとか、受賞したらお祝いを、ダメなら残念会をとか言っていて、どうやら寂しいらしいのだが、当日電話かけてくるほど非常識なことをされると、もうこいつとは金輪際つきあいたくない、と思う。しかもこいつは「ヌエのいた家」を読んでいないのである。バックナンバーが入手できないとか言うから、図書館で借りればいいと言ったのだが、それもしていないらしいし、だいたい私の著作をどれほど読んでいるかさえ心許ないので、つくづく嫌になる。