丹羽文雄

 丹羽文雄の『山肌』という長篇小説がある。新潮文庫で二冊、元本も上下巻で1980年刊行、1978年12月から80年1月まで日経新聞に連載された。三沢苑子という生命保険で働くキャリアウーマンがヒロインで、四十代から五十歳近くまでを描いているらしい。夫と三人の子供があるが、夫は事故で不能となり、立野雄作という愛人がある。
 苑子はもちろん美人だが、アルカイック・スマイルだというので「アルカさん」というあだ名がついている。ほかに「ラブ・ホテル」が出てくるが、これはラブホテルという言葉のかなり早い用例である。また、「ヘビー・デート」という言葉も出てくるが、これはセックスありのデートのことで、定着しなかったものだ。
 私がこの長編にざっと目を通したのは、連載当時、江藤淳が褒める文章を読んだからだが、江藤によると、この小説に「かあすう病」というのが出てくるらしい。だが見たところ、下巻で一回しか目にしていない。体がかあっとなってそれからすうっと冷たくなるものらしい。また当時「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」が流行っていたので、アニメの世界を紹介したいという気持ちで書いたと丹羽が語っていたという。苑子の娘の愛子が、津軽昌弘という男に強姦されそうになるのだが、その津軽が、ジャスパー・アニメーションというところにいる。ところが、最初のほうでちらりと、絵コンテがどうとかいう会話が出てくるだけで、以後はまるでアニメの話なんか出ては来ない。
 最後は、立野雄介が急死して終わるのだが、何とも変な小説である。丹羽文雄は膨大な量の小説を書いたが、今新刊書として生きているものはないようだ。