水上勉親子どんぶり物語

 窪島誠一郎(1940− )の『父水上勉』を読んだ。水上は正式には二度結婚しているが、それ以前に同棲していた女が産んだのが誠一郎、本名・凌である。生活が苦しく、生母が明大前のうどん屋の窪島家に養子に出し、誠一郎は実の父が誰か知らずに育った。
 養父母はもちろん知っていたわけだが、誠一郎は海城高校を出ているから私の先輩だが、その後水商売などをし、美術を扱うようになり、村山槐多や関根正二など夭折した画家の絵を集めるようになる。だが実父が誰だか知りたく、教えてくれない養父母を後目に調査して、水上だと知るのが1977年である。マスコミで大きく報道されたらしいが、私は中学生で記憶にない。窪島は著書『父への手紙』を刊行、NHKで「ドラマ人間模様」にもなった。以後も水上のことは折に触れて書いていたが、今回は全作品を読んでの集大成である。
 まあ、苦労人とはいえ、成城に八百坪の土地を買って住む流行作家と、生き別れの息子の、しかもそれなりに立派な「文化人」になっている、その話だから、半ばは「父のろけ」である。だが、大作家の息子が大をなした例は少なく、むしろ別れて育ったことが窪島には良かったのだろう、そういう「マスコミ受け」する立場というものを覚めた目で見ている。水上が83歳で死んだのはまだ九年前だが、若い時の子だから窪島ももう73になる。
 ところが、後半にさしかかって、驚くようなことが書いてある。窪島がつきあっていた女優Mが、「わたし、あなたのお父さんと寝ちゃったの」と言う。窪島は、よく知られた人なので慎重に、と言いつつ、自分より三歳下で、テレビの美術番組で一緒になって知り合い、国際的なスターとも共演した女優と書いているから、浜美枝さんであることがまるわかりなのである。結局それで窪島とは別れたという。なお私が「さん」をつけるのは、ラジオ番組でお目にかかったことがあるからである。
 あと、窪島が「三時のあなた」に出ることになり(これも「あなた」が伏字になっているのだが、まるわかり)、その司会が森光子(これもMとなっているがまるわかり)で、それを聞いた水上が、お前、やめろ、とすごい勢いで言うので、前日になってやめたという話。水上と森が恋愛関係にあったのは知られているのだが、その後、二人で同時に文化功労者になった話とか、このへんが面白い。
 あと、窪島が水上と再会したころ、Sという女性詩人と会ったことがあり、今では詩壇の重鎮だが当時は三十代で、文壇バーを経営していたという。ところがその話を水上にすると、「お前、そのSと何かあったんじゃないだろうな」と顔色を変えた。「いえ、画家のKさんと仲が良かったですよ」と言ったのだが、どうやら「親子どんぶり」になることを恐れたのだろう、という話。この詩人は、イニシャルがあわないが、富岡多恵子だろう。
 また、親子再会以前から二人と知り合いだった、詩人で評論家のMという人がよく出るが、これは吉岡実だろう。どうやら窪島のイニシャルは、下の名前らしいのだが、詩人のSだけ、あわない。(後記:新藤涼子であることが分かった。30代ではなかったようだが)
 親子そろってもて男である。しかし、冷徹でいい本である。
あ、ミスもあって、水上は川端賞をとっているのだが、窪島は泉鏡花賞もとったと書いている。これはとっていない。谷崎賞の間違いだろうか。