あれはいつのことでどこのことだったか、二十代のことではないかと思うが、知らない同年輩の人が大勢いるところであった。ふと私を認めた知らない男が、ぱっと顔を輝かせたのである。ん? と思ったが、知らない人なのでそのまま通り過ぎた。人違いだったのではないかと思うが、ぱっと顔を輝かせるほど親しい人を見間違えたりするだろうか。
 だが、あとで思ったのだが、私が、私であることを認めて、私の知っている人が、あそこまで顔を輝かせるのは、見たことがない。世の中には、人からああいう風に顔を輝かせられて生きている人も大勢いるのだろうなと思って寂しくなった。
 また、大学院生の時のことである。院生室にいたら、先輩の男性某氏という、あまり姿を見せない人がふと入ってきた。すると、座っていた私の一つ下の女子院生が、ぱっと顔を輝かせて、「あっ、××さん!」と言ったのだが、それは某氏とこの女子が興味関心を同じくしていたということもあったとはいえ、私が誰ぞよりかくのごとき扱いを受けたことはないのであって、某氏に嫉妬すること大いなるものがあった。