江分利満家の謎

 山口瞳の息子・正介の『江分利満家の崩壊』は、買ったのだがどうにも読み進められず難儀している。はなから、母、つまり瞳夫人ががんだと診断される話なのだが、この本の主題はそれではなく、その母親の不安神経症パニック障害なのである。
 私はこの病気に罹ったことがあり、今も後遺症は残っているので、電車に乗れないとか、風呂が怖いとかいうのはよく分かるのだが、正介はその素質がないらしく(谷崎兄弟はともにこの病気で苦しんだ)、その辺がすさまじい違和感となって襲ってくるのである。
 それはいいのだが、いったい「母」なる人は、医者に掛からなかったのか、ということが、いくら読んでも分からないのである。がんと分かって以後の、抗不安剤処方は出てくるのだが、それまでどうしていたのかが、分からない。病気であれば医者に掛かるのが普通だが、それが分からないから、読んでいてただ苦しいのである。
 どうもこれは遺伝らしい。山口瞳もまた、私小説を書くと支離滅裂になる人だったからだ。『血族』は、私ははじめ、NHKでドラマになったのを観た。小林桂樹が主演だった。母の生家が神奈川の遊郭だったということを、瞳が母の死後知ってショックを受ける話で、ドラマだからきちんとまとめてあったが、後になって原作を読んで、あまりに支離滅裂な書き方に驚いた。「おじさん、ワギダって何です」とドラマでは、小林が、事情を知る叔父の戸浦六宏に迫る夢を見る。だが原作には「柏木田」とあって、ルビが振っていない。もしドラマを観ていなかったら、最後まで読み方が分からなかっただろう。編集者がなぜ放置したのかも謎である。
 『家族』は、父親が詐欺罪の前科をもつ、ということを知る話である。だが、この小説も、競馬場へ行く余計な場面が多く、うねうねくねくね、関係ないところを迂回して、読者はもうおおむね分かっていて、だからクライマックスがないも同然、しかも、こんな父親ならそりゃ詐欺罪の前科くらいあるだろうと思わせる。
 『人殺し』となるともっとひどい。これは瞳自身の不貞の話らしいのだが、これまたうねうねくねくねした変てこりんな小説で、もしこれが無名の作家が出したものなら、よほど頭の悪い人が書いたのだろうと思うに違いない。
 いったい、山口瞳という人は、生きている頃は、四月一日になると、新聞に下段ぶちぬき広告で、新入社員への心得を書いて「諸君! この人生、大変なんだ」と書く人として認識されていた。フィクションになると、割とまとまった書き方ができるのだが、私小説になると、完全に取り乱した書き方しかできないのだ。実は私は、そのデビューの経緯に、ある疑いを持っている。

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http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060225
もう七年も前のものだがこんな町山智浩のブログを見つけた。
 町山は「関東大震災の虐殺に関しては、それを否定する見解など存在しません。」と書いている。だがここで糾弾されている人は、人数がまちまちだと言っているだけである。で、それより以後、工藤美代子が『SAPIO』に連載した『
関東大震災朝鮮人虐殺」の真実』産経新聞出版日本工業新聞新社 (発売), 2009)が出ているのだが、町山はなぜこの書籍に突っ込まないのだろう。
 それに町山は、人間を出自で差別してはいけないと思っているようだが、それならなんで「天皇陛下」が「おっしゃいました」になるのか。それとも出自で人を差別する天皇制が生き残っていることへの皮肉?