断想

 杉浦守邦『江戸期文化人の死因』(思文閣、2008)に、間宮林蔵の死因が梅毒と出ているらしいので見てみたら、私の名前が出てきたので驚いた。別に驚くことはないのだが、私は吉村昭が梅毒だとしたのを否定していた(忘れていた)。杉浦は、やはり梅毒だとしているが、まあどのみち当時の文書からの推測である。

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日本比較文学会会報』が届いてぱらぱら見ていたら、「『倫理綱領』の遵守についてのお願いとお詫び」という、常任理事会名での文章が載っていて、何かと思ったら、6月9、10日に大正大学で行われた比較文学会大会で、学会員の名誉と所属大学の名誉を傷つける発言があったというお詫びである。何ごとならん。読んでいくと、「言われのない非難の対象となったワークショップ『占領期日本の検閲と文学』」とあって、このワークショップをめぐるものらしい、と思われる。
 これは、井上健(前会長、東大名誉教授)、十重田裕一早大)、衣笠正晃(法政大)によるものだが、どうもこういうお詫び文がいかんと思うのは、具体的に何があったのか書いていないために、あらぬ憶測を呼んでしまうということである。私は学会には行っていないから知らないが、平川先生がこの時盛んに発表者たちに攻撃をしかけていたのは知っているから、やっぱり「名誉を傷つけた」のは平川先生かなあ、と思ってしまうのである。なんでも、GHQによる検閲に協力した日本人もいたはずだ、それを隠蔽するのか、と激しく迫ったというから。だが、もしかしたらそれとは違うことかもしれない。すると、事実を明らかにせずこういうお詫び文を出すことで、憶測により関係ない人の名誉を傷つけることになるわけだ。こういう「お詫び」の仕方は、疑問なしとしない。
 (小谷野敦

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『21世紀の落語入門』で、今は素人芝居がなくなった、と書いたら、農村歌舞伎や子供歌舞伎は、という声があったが、あれは絶対数が少ないし、特定の農村とか、特定のグループに属していないと出来ない、つまり私が素人芝居をやりたいと思っても身近でそれは出来ないのだからやはり違う。

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秋尾沙戸子『スウィング・ジャパン』というジェイムズ・アラキの伝記、私はジャズに興味がないので日本文学研究者としてのところを見ていたら、『雪国』の映画化は岸恵子が最初であるのにそれが抜けているし、井上靖が『天平の甍』など壮大な歴史小説を、と書いているが井上の歴史小説はさして長くない。『天平の甍』を「唐に留学した若い僧たちを描く」としているが、あれは苦難をへて日本へ渡った鑑真の話で、多分全然読んでいないのだろう。
 それと「ドナルド・キーン氏やエドワード・サイデンステッカー」と奇妙な敬称づけをしているが、これは新聞に倣って存命の人は氏つけとしたのだろうが、ノンフィクションでこんな阿呆なことはすべきではない。