伊吹吾郎と宇梶剛士

 先日の『平清盛』に源三位頼政が出ていたのだが、私は伊吹吾郎だと思って、こんなに若かったかなあと思ったのだが、調べたら宇梶剛士だった。

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文学賞の光と影』補遺
 山内美穂(やまのうちみほ、1957年10月16日-1987年7月30日)という作家がいた。見てのとおり29歳で死んでおり、単行本もない。東京生まれだが家庭の事情で各地を転々とし、大阪の池田高校にいて、自費出版で『羞手帳』『鏡がくし』などの小説を出していたらしいが、確認はできない。18歳の1976年6月、新潮新人賞の最終候補七編が『新潮』に載り、その際「花くずし」が載ったが、受賞したのは笠原淳、のちの芥川賞作家の「ウォークライ」で、ほかに候補者として坂内正もいた。
 学習院女子短大教授で、秋篠宮と紀子さんの出会いの場となった「自然文化研究会」の顧問だった高橋新太郎(1932-2003)が、なぜか山内を知っていて、山内が上京したのち面倒を見たという。山内は生活のため『女性自身』のライターをしており、井上好子編著『おんなのつきあい六法』(講談社、1979)、富士真奈美編著『おんなの自己診断学』(同)に寄稿している。これらを見ると、同性愛で、倉橋由美子に心酔していたことが分かる。母親が日記を読んでその性向を知り、あなたの食べた茶碗を洗うのも気持ち悪い、と泣かれ、家を出て年上の女と同棲、ある朝起きたら陰毛が剃られていて、浮気ができないように剃ったと言われた、などとある。陰毛なんかなくたって浮気は出来るだろうに…。
 http://www.noracomi.co.jp/takahashi/takahashi.html 
 さて、よって今普通に読める山内美穂の小説は「花くずし」だけなのだが、一見して、
 「これは・・・・」
 と思ったものである。

 舟底に脂の乗り切った重たい魚を叩きつけたような音。背肌に厭らしい模様を貼った鯖に似たものが教室の床に転る。紫色にひろがった口の奥に赤い蟹でも隠れてるのかと小さな指をのばしかけると、えみをがねっとりした手でそれを遮る。息を飲んだのはほんの一瞬。陰気で無口なぬわの癲癇を遠巻きに見物し始める。ぐがああああぐ。
 突如断末魔の悲鳴が空を裂いた、と思ったのは自習の終りを告げるベル。級長のえんが同時に廊下に飛び出し、せんせ、ぬわさんが倒れましたと叫ぶ。脳味噌色のぬわの白眼をしゃがんで見ていると、えみをが乱暴に肩を掴んで引き寄せる。美術教師のはまらが制服のぬわを抱き上げる。ぬわの桃色のおなかは冷たいメスで切り裂かれる。お医者の短い指にこねまわされ、看護婦たちは遠慮なく陰毛をひきちぎる。ベルトで雑巾みたいに絞られて、おなかの中にぎらぎらした鉗子を忘れられるといい。
 (略)
 こっくりさんどうぞぬわを許して。ぬわは何故こっくりさんの正体を知りたがったの知りたいのははまらの月経帯の色だけ。あすしぬれ。
 指の腹滑る。えみをの左手が乳をゆすぶり上げる。許して。盃は動かない。はしけやへにまほ。
 誰かが緊張に耐え切れず放屁する。るるりゅるりゅう。
 (略)
 きょおおるくえ。突然おさげ髪が白装束にふりかかる。眼と口唇を斜め上にひきつらせ、蛙の卵に似た不透明な泡が顎を濡らす。ぬわが首筋と手の甲にみみずの青い血管を浮かび上がらせ、発作にのけぞる。素早く画用紙と盃が隠され、誰かが保健室に走る。ゆのは壁際に飛びのいて、怯えた表情でブラウスの上から自分の乳房を手で被う。けたたましい叫び。ぬわは倒れる拍子に机や椅子を転がし、いやな音をたてて崩れる。呼吸のたびに泡がこぼれて紫色の舌がだらり。麦色の湯気とともに油引きしたばかりの床を尿が這う。

 選考委員も、作者の正気を疑ったのかもしれない。題材もさしさわりがあったろう。
 高橋新太郎(1932年5月5日―2003年1月11日)は、1956年学習院大学国文科卒、60年同大学院修士課程修了、69年学習院高等科教諭、82年学習院女子短大国文科助教授、83年教授、90年図書館長、98年学習院女子大教授、没後名誉教授。長谷川泉を師と仰ぎ、『解釈と鑑賞別冊 文藝用語の基礎知識』を共編した。