今月の『群像』の「侃侃諤諤」で石原慎太郎が出てくるところ、文藝雑誌しか読んでない人には意味が分からなかったと思うのだが、これは『新潮45』に載った石原と福田和也の対談で、石原が、こないだふとあることを書かせてもらいたくて某文藝雑誌に電話したら、様子が変で、女の編集長が出て、あなたは女性差別三国人差別をする人だから断じてうちの雑誌には書かせない、と言ったというのである。福田が、今は『新潮』以外の文藝雑誌はみな編集長は女性です、これ削除しないでね、などと言うのだが、ここではたと分からなくなってしまった。
 『群像』は石原には書かせないことで有名だ。石原が、ふと書きたくなって電話するような文藝誌といったら、『新潮』か『文學界』だろう。しかし『文學界』の編集長がそんなことを言うはずはない。悶々していたら、どうも『×ば×』らしい、という裏情報だが、なんで石原氏が『×ば×』なんぞに電話したのか、それが謎である。あの対談は、下手に誌名を伏せたために、『文學界』の編集長がそんなことを言ったのではないかと誤解させる(あるいは『文藝』でもいいが)。名前を隠すのは、こういうことがあるから考えものなのである。