『帰郷』を読む

 大仏次郎の現代小説『帰郷』(1948−49)を読んだ。映画は前に観ていたが別に面白くなかった。
 大仏は、鞍馬天狗フランス史伝、そしてこの『帰郷』『宗方姉妹』のような現代小説に、『天皇の世紀』など、多彩な文筆活動をした人で、今もよく全貌がとらえられない。『帰郷』は新聞連載小説だから、一応通俗小説の形式をとっているが、藝術院賞を受けていて、私が若いころはずっと新潮文庫に入っていた。解説は山本健吉だが、実に的確にこの小説の通俗ぶりを描き出していた。守屋恭吾は「モンテクリスト伯」であり「イノック・アーデン」だというのだ。4歳の時別れた娘との金閣寺での再会とか、その母がどういうわけか参議院選に出ようとしている俗物の有名学者と結婚していたりとか、恭吾を憲兵隊に売った高野左衛子の名前とそのふるまいのあまりの通俗小説ぶりに、今では失笑を禁じ得ない。そして山本も指摘する通り、恭吾がいったい二十年間どうやって生計を立てていたのか、肝心のことが全然分からない。山本によれば、これは戦後日本の批判だというのだが、それも笑止で、今ではもうどうでもいいことだし、世間体を気にする俗物学者など、どの国のどの時代にだって存在する。まあ、昔はこういう小説が流行したのだという、風俗史的な意味で読むとわりあい面白い。もっともこの小説をネタに日本人論を展開した間抜けなお方もいたけれど。
 大仏という人は尊敬されていて、私も『ドレフュス事件』なんかは面白く読んだのだが、まあ「鞍馬天狗」が売れていたから、余裕をもって調べものなんかが出来たんだろうなあ、という気が今ではする。いや、人格者だったようだけれど。