美空ひばりと韓国

 こないだ、輪島裕介氏のすばらしい新書を読んで、しかしながら、二十年ほどでずいぶん認識は変わるものだと思った。
 私は学生時代、日本家庭教師センターというところに登録して、かれこれ五年近くも一人の生徒の家庭教師をしていた。これはふくろう博士とみずから名乗る古川のぼるが主宰していて、月に一回、日曜日の朝九時から、登録している者は渋谷の大きなビルへ召集されるのであった。これは行かなくてもいいが、行かないと給料が下がるのである。
 古川のぼるは、選挙に出たこともあり、見ていると、そのセンターの幹部を引き連れて、台湾、韓国ツアーなどをしていて、私は「ああ、右翼なんだな」と思ったものだ。
 最初に登録した際、私の担当の、高校教師を定年になった老人が、「院長先生、新しいチューターでございます」と言って私を古川に紹介した。古川は明らかに老人より年下だったから、異様の観があった。あとのことだが、幹部であるこの老人が、日曜の集まりの壇上で話をしていたら、後ろで聞いていた古川が突然立ち上がって、遮ると、話を訂正し、古川が席に戻ると、老人は、さっきとは違う、つまり古川に訂正された通りの話をしたので、みなかすかに失笑していた。
 その、紹介された日に、どういうわけか、埼玉県方面に住んでいる古川が運転するベンツか何かで私は送ってもらうことになった。古川は巨漢だったので、ベンツのドアに「大ピ連」のシールが貼ってあった。「中ピ連」をもじった、巨漢の集まりである。古川の運転はものすごくうまく、高速道路を浦和方面へ向かって走った。車内にはほかに幹部二人くらいがいたが、車内には美空ひばりが流れ続けていて、
 「いや、院長先生は美空ひばり、好きですねえ」
 「私も、ひばり好きなんですよ」
 といった会話が交わされた。
 私は、ああ右翼だなあ、と思った。
 だからのちに、山折哲雄美空ひばりを褒め始めた時も、ああ保守派らしいなあ、と思ったのである。
 今ではどうやら、韓国と親しくするのは左翼的なことだと思われているらしいが、その当時は、当然ながら左翼は北朝鮮を支持するもので、韓国と親しくするのは右翼と相場は決まっていた。ただ谷川雁のように、韓国内左翼との連帯とか、隣国と親しむという意味での親韓国左翼は、いるにはいた。
 だが今のように、韓国が右翼から敵視されるようになったのは、金大中が大統領になってからのことで、それまでは、レーガン-中曽根-全斗煥の反共帝国主義が恐れられていたのである。