三島由紀夫の戯曲「喜びの琴」は、1963年に文学座の分裂を引き起こしたものとして知られるが、その戯曲そのものはあまり知られていないし、上演も、64年に浅利慶太演出で日生劇場で初演されたのちは再演されていないようだ。
 これは『ちくま日本文学全集 三島由紀夫』に入っている。私も初めて読んだ。それで、検索してみると松岡正剛が書いていて、
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1022.html

細かいことは忘れたが、『喜びの琴』は文学座の委嘱によつて書かれた戯曲で、言論統制時代の近未来を舞臺にしてゐる。主人公は筋金入りの公安係巡査部長の松村で、左翼の仕業とみへた列車転覆事件が調べてみると実は右翼の仕業だつたといふ意外性を描いた。松村が自分自身の思想と行動に裏切られたと思つたとき、天から「喜びの琴」が聞こへてくるといふ幕切れだつた。

 細かいことどころか、大きく間違っている。主人公は片桐という公安巡査で、松村は巡査部長である。片桐は松村経由で左翼過激派が、高崎線の総理が乗る列車を転覆させようとしているという情報を得、総理は乗車をとりやめるが、列車自体は転覆させられる。片桐は現場付近で右翼たちをとらえるが、実はそれは、左翼のスパイで、十年間潜り込んでいた松村が、片桐を使ってそう思わせたもので、実は左翼の仕業だった、というものだ。
 松村は逮捕されるが、片桐に、お前の反共思想は俺から植えつけられたが、その俺が左翼だったわけだ、と思想問答をする、というのがこの劇の見せ場である。
 ところで私はこれを読んで、五木寛之の「蒼ざめた馬を見よ」を思い出した。あれは、ソ連の作家弾圧と思われたものが、実は西側諸国がソ連を攻撃するために行った偽の作家だったという話だったが、五木は三島のこれを参考にしたのではないか、と思ったがそういうことはどこかに書いてあるのかもしれない。

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