『乙女の誤読』の密告、あ、逆だ

 最近はサッカーの話が多くてつまらないと書いたら、金井美恵子先生に祈りが通じたのか、今月の『一冊の本』の金井先生は面白い。例の芥川賞受賞作を、生理用品の呼び名に関連づけて金井節であげつらってくれたあと、宮本輝が選評で「アンネを密告したのはアンネ自身」と書いたのを、誤読だと書いておられる。
 なぜ誰もこの誤読を指摘しないのかと言われるのだが、誤読かどうか私は分からない。だってあの小説に、アンネを密告したのは誰かなんて書いていないからで、なぜ誰も問題にしないかといってそれには理由があって、近ごろはネタバレということがやかましくなって個々人が自主規制するようになって「ネタバレのパノプティコン」状態になっているからでもある。
 誤読というからには金井先生に正解はあるのかといえばそれが書いてあるわけではなく、だいたい「密告者は誰だ」「誰誰である」などという問答は20世紀後半以降の純文学ではとっても恥ずかしい会話になってしまうわけで、実はみな「だだ、誰なの?」と思っていても、分かっているふりをして「黙市」状態になってしまうからである。もうこの、意地悪なイジワルな世界では、最初に「密告者は××だ」などと言ったとたんにバカにされると相場が決まっているのである。
 だいたい推理小説にしてからが、「犯人は誰々です」などというのはすっかり陳腐になっていて、だから『虚無への供物』みたいなわけの分からないものが名作扱いされるのだし、『シンデレラの罠』みたいな、犯人も被害者も探偵もわ・た・し、ってなものが出来上がるのである。
 要するに密告者は、読者である「あなたです」とか『ネコジャラ市の11人』の11人目みたいなことになったり、傍観者たる全世界の人間ですということになったりするわけで、しかし文学賞が貰えなくても金井先生には頑張ってほしいと思うのであった。

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近所の図書館に、例の「明治神宮鎮座九十年大祭」のチラシが置いてあったので、憲法違反ではないかと杉並中央図書館へ電話。