今東光(1898-1976)は晩年、『週刊プレイボーイ』で「極道辻説法」という人生相談をやっていた。例のべらんめえ口調なのだが、考えてみたら今は関西人である。
 その中で、小島政二郎の『芥川龍之介』がウソだらけだと書いたら、読者から、どこがどうウソなのか教えてほしいと言ってきた。すると東光は、小島は菊池寛とか芥川とか、死んで反論ができなくなってから好き勝手なことを書くから、俺も小島が死んだら書いてやると返事をした。
 しかし東光はその前にガンになって、手術せずに丸山ワクチンで治ったと思っていて、読者にも丸山ワクチンを勧めていたのだが、結局治っていないで死んでしまった。
 小島政二郎より長生きするというのは、仮にもう少し東光が長生きしても難しかっただろう。何しろ東光より四つ年上の小島は、1994年、百歳まで生きたからである。
 実に東光らしくない話で、死ぬまで待つなんてことは、だから注意したほうがいいのだ。私も某某先生が死んだら書こうと思っていたのが、どうもこりゃおいそれと死にそうもないぞと思って書いてしまったのだが、実際、30歳くらい年上でも、百歳まで生きられたりしたら危ない。
 この話から得られる教訓=「誰それが死んだら書く、というような決心は間違いである。自分が先に死ぬかもしれないのだからなるべく早めに書くこと」。
http://birthofblues.livedoor.biz/archives/50709310.html
なんだまだこんなバカなこと言ってるのか。この記事、でっかい穴がある。だってもし丸山ワクチンが効くなら、日本で何があろうと外国で認可されてるはずだろう。これ書いた奴、この疑問に答えるように。

                                                        • -

国会図書館へ行ったのだが、書籍返却のところにいた若い男が変だった。はじめ、カードを返された時に、落としてしまった。普通、自分が渡したものを相手が落としたら、どっちが悪くても「すみません」とか言うだろう。何も言わない。それに、どうもこの青年の渡し方が変だ、と感じた。二度目、分かった。青年、カードを、ぐっと突き出すのである。ものを人に渡す時は、しかるべき場所で「止める」ものだが、この青年は、相手の手に向かって「ぐいっ」と突き出す。だから落としたのだ。三度目に行ったらやっぱり突き出したので、言ってやろうかと思ったがやめにした。

                                                                    • -

 先日、某料理店で妻と食事をしたのだが、料理を持ってきた青年が、汁を妻の膝にこぼした。「熱っ」と妻がいい、「あ、すみません」と言った。しかし服にかかり、かつ熱度を持っている。私は青年の顔を見た。じっと見た。青年は青ざめた。妻は「やめて、やめて」と止める。青年は膝まづいた。「どうすんのこれ。火傷したかもしれないんだよ。店長呼んで」。結局帰りに、一食分のチケットを貰う。その青年はトラウマになったはずだと妻が言うので、もう一人トラウマを増やすのもどうかと思ったのだ。
 (小谷野敦