「軍人誣告罪」と石坂洋次郎『若い人』

 「軍人誣告罪」でググると、石坂洋次郎『若い人』に関するものばかり出てくる。昭和13年、石坂の長編『若い人』が、軍人誣告罪と不敬罪に当たるとして告訴され、学校を辞めたと、新聞記事にも書いてある。しかし「軍人誣告罪」とは何か? 「誣告」というのは、偽りの告訴をすることである。
 私もかつて、『若い人』については書いたことがあるから、その時、起訴されたかどうか分からないが、そういうことがあったのだと思っていた。しかし調べてみると、蛎殻町の福島健という一市民から、出版法26条に違反するというので改造社とともに告発されたが、不起訴に終わった、というのが真相のようだ。
 出版法26条とは、
http://homepage3.nifty.com/constitution/materials/shuppan.html

第二十六条 皇室ノ尊厳ヲ冒涜シ、政体ヲ変壊シ又ハ国憲ヲ紊乱セムトスル文書図画ヲ出版シタルトキハ著作者、発行者、印刷者ヲ二月以上二年以下ノ軽禁錮ニ処シ二十円以上二百円以下ノ罰金ヲ附加ス

 というものである。告訴されても起訴されていないわけだし、福島健というのは右翼かもしれないが、分からん。
 「軍人誣告罪」などという法律自体が存在しない。「誣告」は誰が相手だろうと罪だし、石坂は「誣告」などしていないのだ。これは「都市伝説」であるが、最初に言いだしたのは誰かというと、どうやら戦後『若い人』が新潮文庫に入った時の解説で、当時の『三田文学』編集長だった和木清三郎が書いたのが最初らしい。
 
小谷野敦