芥川賞候補作『文藝春秋』掲載一覧

 芥川賞が受賞作なしの場合『文藝春秋』に候補作の中から選んで載せるということを知らない人がいた。受賞作なしが久しぶりだからか。しかし昔は、受賞作があっても一編の場合、候補作から選んで載せることもあった。それで受賞せずに『文春』に載った作一覧というのを作ってみた。抜けているのがあったら教えて下さい。

3回(1936)「遣唐船」高木卓(のち受賞辞退)(受賞は鶴田知也小田嶽夫
8回(1939)「お帳場日誌」吉川江子(受賞は中里恒子)
10回(1940)「光の中に」金史良(受賞は寒川光太郎)
12回(1941)「祝といふ男」牛島春子(受賞は櫻田常久)
13回(1941)「山彦」相野田敏之(受賞は多田裕計)
戦後
22回(1950)「夏草」前田純敬(受賞は井上靖
27回(1952)「雲と植物の世界」伊藤桂一(のち直木賞
30回(1954)「オンリー達」広池秋子「流木」庄野潤三(のち受賞)「吃音学院」小島信夫(のち受賞)
31回(1954)「遠来の客たち」曽野綾子(受賞は吉行淳之介
35回(1956)「地唄有吉佐和子(受賞は近藤啓太郎
36回(1957)「犬の血」藤枝静男
38回(1958)「死者の奢り」大江健三郎(のち受賞)(受賞は開高健
39回(1958)「水の壁」北川荘平(受賞は大江健三郎
40回(1959)「鉄橋」吉村昭「朴達の裁判」金達寿「ふりむくな奇跡は」林青悟
42回(1960)「基地」小堺昭三「海」なだいなだ
43回(1960)「パルタイ倉橋由美子(受賞は北杜夫
44回(1961)「紙の裏」木野工(受賞は三浦哲郎
45回(1961)「名門」大森光章
46回(1962)「透明標本」吉村昭(受賞は宇能鴻一郎
48回(1963)「美少女」河野多恵子(のち受賞)
49回(1963)「ソクラテスの妻」佐藤愛子(のち直木賞)(受賞は後藤紀一、河野多恵子
50回(1964)「機関士ナポレオンの退職」清水寥人(受賞は田辺聖子
52回(1965)「さい果て」津村節子(のち受賞)「ラッペル狂詩曲」立川洋三
53回(1965)「剣ケ崎」立原正秋(のち直木賞)(受賞は津村節子
54回(1966)「鳩の橋」小笠原忠(受賞は高井有一
55回(1966)「眼なき魚」山崎柳子
56回(1967)「孵化」竹内和夫(受賞は丸山健二
60回(1969)「客」佐江衆一
65回(1971)「黄色い娼婦」森万紀子「実験室」山田智彦
69回(1973)「鳥たちの河口」野呂邦暢(のち受賞)(受賞は三木卓
71回(1974)「浮ぶ部屋」日野啓三(のち受賞)「小蟹のいる村」岡松和夫(のち受賞)
73回(1975)「営巣記」小沢冬雄(受賞は林京子
76回(1977)「陽ざかりの道」寺久保友哉
80回(1979)「母と子の契約」青野聡「髪」重兼芳子(いずれものち受賞)
83回(1980)「羽ばたき」丸元淑生
86回(1982)「離郷」木崎さと子(のち受賞)
87回(1982)「消えた煙突」平岡篤頼
89回(1983)「優しいサヨクのための嬉遊曲」島田雅彦
91回(1984)「ゆっくり東京女子マラソン干刈あがた
93回(1985)「掌の護符」石和鷹
95回(1986)「ジェシーの背骨」山田詠美(のち直木賞
96回(1987)「苺」新井満(のち受賞)
101回(1989)「わが美わしのポイズンビル」大岡玲(のち受賞)
112回(1995)「ドッグ・ウォーカー」中村邦生
118回(1998)「ハドソン河の夕日」弓透子
121回(1999)「幽」松浦寿輝(のち受賞)
142回(2010)「ビッチマグネット」舞城王太郎

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小林よしのりは遂にパンドラの箱を開けた。悠仁親王が成長しても、美智子・雅子二代にわたる苦労を見たら、嫁にくる女性はいないのではないかと言うのだ。ならば、愛子内親王天皇になったって、婿に来るやつなどやはりいないということになるではないか。