『徳川家康』と日米ソ

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 紀田先生ありがとうございます。

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大河ドラマ入門』で、山岡荘八の『徳川家康』が、今川をソ連、織田を米国、松平家を日本になぞらえたものとされた、とあるのは逆で、今川が「京の文化に憧れるアメリカ」、織田が「新興国ソ連」である。これは単行本『徳川家康』第一巻あとがきに、山岡自身が、読者からそうではないかと投書があったと書き、自分でもそうかもしれないと言っているもので、文庫版にも引き継がれているから、読んだ人はみな知っているはずのことだ。
 1954年、黒澤明の『七人の侍』がキネマ旬報で三位になった。一位は『二十四の瞳』だからこれに負けるのは仕方がないとして、二位『女の園』にさえ負けたのは、野武士がソ連、農民が日本、七人の侍が米国という見立てではないかとして左翼批評家が批判したからであるという。
 私が間違えたのは、山岡が自民党系保守派文化人だったからで、家康は今川家の人質になり、信長が義元を討ったために解放されて、以後織田家の支持者となるからで、もしこの見立てだと、山岡は左翼文化人になってしまうからだ。その「投書」が新聞に出たのか、山岡に直接来たのか分からないが、もしかするとその投書者は山岡を親ソ作家だと思ったのだろう。
 連載開始が50年、単行本第一巻が出たのが53年で、56年のスターリン批判の前であり、山岡は連載開始時には公職追放中だったし、以後は平和主義者として振舞い、保守派文化人になっていくのは後年のことだ。だとしたら、53年の時点では、あえて「そうかもしれない」と書いておいた可能性もある。とはいえ逆は逆なのであとで訂正する。

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http://d.hatena.ne.jp/kokada_jnet/20100126#p2
「創元SF文庫」については完全に私の勘違いで、国会図書館OPACで「創元SF文庫」で検索したら、1960,70年代のものが出た。これは90年代以降「創元SF文庫」になったSF部門のものを再納入したものだったのを、当時出たと勘違いしたものです。
ロバート・ネイサンは、日本では『ジェニイの肖像』で知られるためファンタジー作家、とされたのかもしれませんが、『英米文学辞典』ではちゃんと作家として立項されており、「ファンタシーの作品や牧歌風なロマンスの作者として知られ」とあり、ファンタジーでないものもあるようです。
 カール・セーガンについては、議論の分かれるところでしょうね。なおムアコック、ハーバートについては、「スペースオペラ」を「冒険もの」と見なしてここに記しています。
 清水俊二については、チャンドラーのうち、双葉十三郎が訳したのもあり、清水が訳したものは村上春樹訳にとってかわられたのに対し、『そして誰もいなくなった』は今も清水訳ということでああ書きました。 

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『一夫多妻論 私は三人の妻を持っている』米良道博(オリオン社 1964)は古書でも入手困難である。編集部によるまえがきがあって、気狂いと思われてもこの本を出すことにした、とあり、著者の紹介はほとんどなく、本文を見ると、東京、大阪に三人妻がいるらしい。あと哲学・宗教・動物
学などを引いて、一夫多妻制こそ自然であり、一夫一婦制は退屈へと落ち込むと論じている。かなりの嫌煙家らしいが、自動車も批判している。