吉原真里を見直す

 ハワイ大学の教授・吉原真里の新刊『ドット・コム・ラヴァーズ』(中公新書)が出たので、さっそく購入して、吉原を見直した。
 非婚化・晩婚化が進む現代において、ネットお見合いやネット恋愛はもっと奨励されるべきだと私は思っているが、世間は依然として、「セックス目当ての出会い系」への偏見を持っている。サクラだらけのサイトは問題外だが、ちゃんと恋愛や結婚の相手と出会えるサイトはある。この本は、ニューヨークやハワイでの、吉原自身の「オンライン・デーティング」の経験を描いており、女性学者が実践し、こうして本として世に出したのは画期的である。日本の女性学者は、フェミニズムやらジェンダー論の優等生的な論文を書いて、セックスについても先鋭的なことを言いつつ、自分自身の恋愛やセックスについて語る人があまりに少ない。吉原は、それを書いた。ネットで出会った相手とセックスしたこともちゃんと書いてある。米国の大学教授(40歳)だからこそということもあろうが、日本人であることを思えば、画期的である。
 以前私は吉原に、日本の大学で出世するつもりだろう、などと書いたが、こういう本を出したら、おそらくそれはないだろう。実は私自身、『出会い系公営化論』という本を企画していて、結局書かなかったのは、自分の体験を描いたら相手に気の毒だからで、吉原も、プライバシーを守るために仮名にしている、とあるが、まさかこの男たちは日本語が読めるわけではなかろう。
 しかし、日本の女性学者の、自分の恋愛については語らない保守性には、何かうんざりさせられるものがある。田中優子には『愛の巡礼記』という、当時の恋人に宛てた書簡を集めた本があるのだが、中味は徹底して知的な議論である。江戸の遊廓やら恋やらを礼賛しつつ、あくまで自分のことは言わないという、その姿勢を苦々しく思っていただけに、吉原著を心地良く感じた。あと岸本葉子さんも、あそこまで恋愛ネタを避けるというのは、どうなのか。まあその辺は、男の学者でも同じか。
 というわけで、吉原真里、好感度アップである。
http://www.hawaii.edu/amst/people_yoshihara.htm
 (小谷野敦