近衛秀麿余聞

 大野芳の『近衛秀麿』(講談社)を走り読みしている。
 昭和初年、秀麿の側近となる中川牧三なる男が、京都の東山ダンスホールに入り浸っていると、和服を着た谷崎潤一郎がよく来てかわいがられた、とあるのは、なお存命(104歳)の中川の話だ。昭和初年の谷崎がダンスホールによく行っていたのは知っているが、大阪が主で、京都まで足を伸ばしていたとは知らなかった。
 秀麿はドイツの敗戦時、ベルリンにあって、捕虜となった後帰国する。愛人の女優・澤蘭子はモスクワへ移送され、満州で秀麿の女児を五歳で亡くした後、1946年9月に博多へ帰国した、とある。秀麿は兄文麿の愛人宅(東京)に間借りし、蘭子は京都で姉の嫁ぎ先と思われる自転車屋の二階にいた、とある。
 しかし1947年2月、京都に住んでいた谷崎は、秘書の末永泉を連れてバー「蘭」に行き、そこで偶然近衛秀麿に会っている。となると、この「蘭」は、秀麿が澤蘭子に出させた店としか思えないではないか。谷崎は昭和三年の「週刊朝日」の座談会で澤蘭子と会っている。それで出入りしていたのではないか。なお「日本映画データベース」で「沢蘭子」を検索すると出てこない。「沢らん子」で出る。
 あと気になったのは、山田耕筰が、姉の恒子がエドワード・ガントレットと結婚したために極貧から抜け出したというところで、「極貧」ではなかったはずだ。恒子は明治女学校に行っていて宣教師のガントレットの目に留まったわけで、富裕階級の娘が通う明治女学校に「極貧」で行けるはずがないのだ。
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 その昔、「クイズダービー」で、「ルパン三世に出てくる、時代劇の主人公の名をとったルパンの敵役の名は?」という問題が出たとき、篠沢秀夫教授は「これは知ってるな」などと呟きつつ、書いたのは「ガニマル」。それは本物のルパンの方だ。もちろん答えは銭形だが、教授の回答を開いた大橋巨泉は、「教授、何ですか「かにまる」って。かにまる捕物帳なんて、ありましたか」と大笑い。会場も笑っていたが、私は、巨泉、本物のルパンを読んでないな、と思った。もしかすると教授は、本物のルパンからとった「蟹丸警部」が出てくるとでも思ったのかもしれないが、多分はらたいらも「巨泉さん、それ、本物のルパンの方です」と腹の中で思っていたかもしれない。
 ところで「ルパン三世」の、銭形だの石川五ヱ門だの次元大介だの峰不二子といったネーミングのセンスは、『宇宙戦艦ヤマト』の、沖田十三だの古代進だの森雪だの真田四郎だの徳川彦左衛門だのというのに似ている。徳川彦左衛門なんて、今のアニメなら恥ずかしくてつけられないよ。
小谷野敦