私は『悲劇喜劇』という雑誌の1972年のさる記事を入手しようとした。ところが、国会図書館では「作業中」つまりデジタル化中で使えない。そこで地元の図書館に他館からの借り出しをリクエストした。ところが、到着してみると、館内閲覧のみ、コピーはしてはいけない、という。都立多摩図書館から来たもので、高井戸図書館員は、「都立図書館は何も言わずに送ってきて、見てみるとタグがついている」と言う。それでは困るので、なぜなのか訊いてくれと言ったら、多摩図書館へ電話して「30年過ぎたものはコピーしてはいけないそうだ」と言う。
 さてとりあえず帰宅して都立中央図書館へ電話して訊いたら、図書の場合は30年過ぎたらコピーできないが、雑誌の場合はそもそもコピーはできない、と言い、それは地域図書館にも知らせてあるはずだという。私は、コピーができないくらいならむしろ貸し出しを謝絶してくれたほうがいい、と言った。それくらいなら都立図書館へ直接郵送複写を申し込むのだ。

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儲かっている児童文学者というのは、幼児向けの実用半分くらいのを次々と出して、時おりちょっとシリアスな小学生か中学生向けのものを書いて児童文学の賞などをとり、あわよくば人気のある外国のシリーズものの翻訳をして稼ぐのだと把握した。

 国会図書館のデジタル化作業のおかげで仕事に支障が出ている。ああこの資料だ、と思って辿って行くと「作業中」と出る。修士論文とか書いている人はえらい迷惑しているのではないか。

 私が図書館へ行くと何かが起こる。
 今日は、大きい机、座ると向かいに、男児が二人。どうも西洋人とのハーフらしい。左側が兄らしい。だいたい兄十歳、弟六歳くらいか。勉強しに来たのだろうが、当然、こちょこちょ何か言ったり、ふざけたりしている。少し様子を見て、「静かにしろ」と言った。弟のほうは、日本語が分からないのか、兄のほうが反応して、二人は一瞬静かになった。しかし、弟はやはり気づいていないのか、鉛筆で兄にちょっかいを出したりして、机が揺れる。
 「遊ぶんじゃねえ」
 と私は言った。兄がこっちを見た。私もじっと見た。
「遊んでません」と言う。「何?」
「遊んでません」
「こいつが遊んでるだろう」と弟のほうを指す。
「遊んでません」
 私は、立ち上がった。「何だお前」「遊んでません」「こいつが遊んでるだろう。嘘をつくな」
 兄はハンサムである。ロシヤ人のような顔だちである。目をそらさない。
 私が座ると、兄は、「あっち行こうか」と言い、道具(半分くらいおもちゃ)を片付けて、後ろ側の丸い机へ移動を始めた。弟も片付けをしていたが、つっと、あっちのほうへ行ってしまった。兄は、「あ」と言い、「泣いちゃった」と呟いた。「泣いちゃった」とまた呟いた。まるで泣かせた俺が悪いかのように。そして弟の後を追って行ってしまい、姿が見えなくなった。
 その後私が書棚で調べものをして戻ってくると、兄弟はさっきと同じところに座っている。私の姿が見えると、二人は静かになった。私は用事が済んだので鞄を持って立った。兄が私を見ているから「静かにしろよ」と言った。「え」と言ったように聞こえた。「静かにな」と言った。うなずいたように見えた。私は外へ出た。
 しかしロシヤ系混血少年すげーハンサムで、これは成長したら女たらしになるだろうと思った。度胸もあるし、下手すると結婚詐欺師?

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なんか私は経済学に疎いから知らないだけかと思っていたのだが、「朝日新聞」1997年8月5日夕刊に西島建男が書いた「マルクス読み直し」って記事があって、

柄谷は一九七〇年代の初め、新左翼運動が崩壊して「マルクスはだめだ」といわれた時期に、『マルクスその可能性の中心』を書いた。何が終焉しようと、資本主義は終焉を先送りするシステムであり、終わりをかんがえる思想を裏切る。資本主義は主義でも、経済的な下部構造でもなく、それは幻想の体系であると。
 戦中・戦後のマルクス経済学者宇野弘蔵の理論を引き継ぎ、いまや「宇野・柄谷派」といわれ、三十代の研究者に読み継がれる。いま、新たなマルクス論に取り組んでいる柄谷は語る。

 のこの「宇野・柄谷派」ってずっと存在するもんだと思っていたのだが、そうでもないらしい。西島ってのは当時この手の記事でブイブイ言わせていて、平川先生の自宅まで取材に来て話を聞いてまったく発言を使わなかったって怒っていたっけ。今どうしているんだろう。


 (小谷野敦) 

 私の行きつけの図書館に、むやみと「ありがとうございます」を連発する図書館員がいる。おそらくこの四月から入った女性で、アニメ声で、ワンアクションごとに言う。図書館というのは、税金でまかなわれた公共サービスだから、利用する権利があるのは当然だが、そうお礼を言われるほどのことではない。あまり連発されると卑屈にすら見えて不快である。さらに困るのは、態度が横柄なら、おいお前なんだその態度は、と言えるけれど、卑屈なのはそういうことを言いづらいから、なお困る。
 世間にはこういう、下手に出ていさえすればいいだろうと思っている人々というのがいて、いや、謝るのはもういいから、事後処理のほうをちゃんとしてくれ、と言いたくなる奴もいる。これの派生形態として、「自分はバカだから」といった言をたびたび発する者がいるが、これも厭味である。「自分はバカだから」という言葉は、決して相手を納得させたりするものではなく、ただ軽く不快にさせるものである。それは、「バカだから」「何か手落ちがあっても許してくれ」、あるいは学生なら「出来が悪くても見逃してくれ」といった意味にしかとれないからである。
 さらにその派生形態として、せっせと出席しさえすればいいと思っている大学生など、というのがいて、そういう子はしばしば、試験をさせると出来が悪くて、落としたりすると、あんなに出席したのにとねじ込んできたり、教員が出席をとらないと不満を述べたりするのである。

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再来年の大河ドラマが「平清盛」になるという。「新・平家物語」は当然、平家の西海での滅亡まで描かれたが、清盛はそれ以前に死んでしまうから、あまり長々と清盛没後のことをやるわけには行くまい。緒方直人の「信長」の時みたいに、信長一人で一年もたせるのが難しいということにならなければ良いのだが…。
 (小谷野敦

 『里見とん伝』281p、「寂光」は7月号、「山魅」は8月号でした。失礼。

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日曜日の図書館は、そこで勉強している奴が多い。本来図書館の机は図書館資料を見るべきところである。ごった返している中、狭いところに座ると、目の前に、1.5人分くらいにノート類を広げて勉強している中年男がいた。30代後半から40くらいか。左隣の高校生らしい若者は、申し訳にでもあろうか、図書館資料を一冊持ってきて見ている。私は前の男を見た。すると男が「なんだおい」とからんできた。「ん?」と言うと「なんだよ」と言う。「何か?」と言うと「こっち見るなよ」「見てないが」。男は両目が血走っており、右手の指に包帯を巻いて、サンダルばき、頭髪は乱れている。酔っているのか? と思ったが、あとで考えたら寝てないのではないか。
 「それじゃ、外出よう」と言う。「表へ出ろ」と言ったらそりゃあ喧嘩だ。それこそ脅迫罪だ。私は立って図書館員のところへ行き、「あそこの人が因縁つけるんですが」と言った。「あら」と言って、背の高いあまり頼りになりそうもない男性図書館員と、その男のところへ戻る。「こいつがじろじろ見るから」「見てないけど」「じゃあ、外へ出よう」。図書館員「狭いところですから…」「外へ出よう」「嫌だ。なんでそんな必要があるんだ」、続けて私は「図書館は図書館資料を見るところで勉強する場所じゃない」と言い、図書館員も同じことを言った。男はそこで初めて弱気になり、「いや、資料も…見てますけど」と言いおとなしくなった。
 私は用事が済むと、平静を装って図書館を出、自転車に乗って必死で逃げだしたのは言うまでもない。今度行く時はスタンガンを持っていこう。

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チョムスキーに対する人文系の人たちの反感てのは、進化論に対するそれと何か似てる。「進化見たことない」とか「適者生存はトートロジーだ」とか言うあたり。

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http://kyoukashokaizen.blog114.fc2.com/blog-entry-86.html
長谷川三千子、「命題」を誤用する。

 今東光(1898-1976)は晩年、『週刊プレイボーイ』で「極道辻説法」という人生相談をやっていた。例のべらんめえ口調なのだが、考えてみたら今は関西人である。
 その中で、小島政二郎の『芥川龍之介』がウソだらけだと書いたら、読者から、どこがどうウソなのか教えてほしいと言ってきた。すると東光は、小島は菊池寛とか芥川とか、死んで反論ができなくなってから好き勝手なことを書くから、俺も小島が死んだら書いてやると返事をした。
 しかし東光はその前にガンになって、手術せずに丸山ワクチンで治ったと思っていて、読者にも丸山ワクチンを勧めていたのだが、結局治っていないで死んでしまった。
 小島政二郎より長生きするというのは、仮にもう少し東光が長生きしても難しかっただろう。何しろ東光より四つ年上の小島は、1994年、百歳まで生きたからである。
 実に東光らしくない話で、死ぬまで待つなんてことは、だから注意したほうがいいのだ。私も某某先生が死んだら書こうと思っていたのが、どうもこりゃおいそれと死にそうもないぞと思って書いてしまったのだが、実際、30歳くらい年上でも、百歳まで生きられたりしたら危ない。
 この話から得られる教訓=「誰それが死んだら書く、というような決心は間違いである。自分が先に死ぬかもしれないのだからなるべく早めに書くこと」。
http://birthofblues.livedoor.biz/archives/50709310.html
なんだまだこんなバカなこと言ってるのか。この記事、でっかい穴がある。だってもし丸山ワクチンが効くなら、日本で何があろうと外国で認可されてるはずだろう。これ書いた奴、この疑問に答えるように。

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国会図書館へ行ったのだが、書籍返却のところにいた若い男が変だった。はじめ、カードを返された時に、落としてしまった。普通、自分が渡したものを相手が落としたら、どっちが悪くても「すみません」とか言うだろう。何も言わない。それに、どうもこの青年の渡し方が変だ、と感じた。二度目、分かった。青年、カードを、ぐっと突き出すのである。ものを人に渡す時は、しかるべき場所で「止める」ものだが、この青年は、相手の手に向かって「ぐいっ」と突き出す。だから落としたのだ。三度目に行ったらやっぱり突き出したので、言ってやろうかと思ったがやめにした。

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 先日、某料理店で妻と食事をしたのだが、料理を持ってきた青年が、汁を妻の膝にこぼした。「熱っ」と妻がいい、「あ、すみません」と言った。しかし服にかかり、かつ熱度を持っている。私は青年の顔を見た。じっと見た。青年は青ざめた。妻は「やめて、やめて」と止める。青年は膝まづいた。「どうすんのこれ。火傷したかもしれないんだよ。店長呼んで」。結局帰りに、一食分のチケットを貰う。その青年はトラウマになったはずだと妻が言うので、もう一人トラウマを増やすのもどうかと思ったのだ。
 (小谷野敦

 金曜の夕方になって国会図書館から郵送複写について留守電とファックスが入っているが、こちらからファックスはできない。裁判所ですらファックスでやりとりできるのに、この電話会話至上主義は何なのだ。

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高崎隆治『戦場の女流作家たち』(論創社)に豊田正子が戦後中共を訪れて文化大革命を礼賛したという批判があった。これは私も書いたが高崎著は見落としていた。