アリエル・ドルフマン「死と乙女」

ふと目についたので図書館から借りてきたのが、昨年8月刊行の岩波文庫だが、これは1991年ころ書かれたチリの作家の戯曲で、世界的成功を収め、日本でも上演されたらしい。ウィキペディアでは「アリエル・ドーフマン」として立項されており、1942年生まれだか…

佐藤実枝「マリヴォー「偽りの打ち明け話」翻訳と試論」

18世紀前半のフランスの代表的喜劇作家マリヴォーの作品の新訳と、詳細な注、そして解説(試論)から成っている。翻訳のほうは、人物のセリフやしぐさに関する細かな注がついており、主人公が真剣に恋しているのか、金目当てなのかが議論になる作品だという。…

橘玲「スピリチュアルズ 「わたし」の謎」

橘玲の遺伝に関する著作が大変面白かったので、これを読んでみたのは、橘がスピリチュアルに関心があるのかと疑問に思って図書館から借りたのだが、これはパーソナリティ心理学の「ビッグファイブ」に対して、橘が考える「ビッグエイト」を解説する心理学の…

「渇水」の原作と吉屋信子「鬼火」

河林満「渇水」の原作を読もうとしたら、杉並図書館では角川文庫は買ってくれなかったので、単行本が14人くらい待ちになっていたから、初出の『文学界』を借りてきて読んだ。選考委員は畑山博、池内紀、青野聡、宮本輝、津島佑子で、うち三人が故人になって…

久世光彦「蕭々館日録」

久世光彦(1935-2006)は、東大卒で、大江健三郎や高畑勲と同年だが、美学美術史卒だからあまり関係ない。TBSに入り、テレビドラマの演出家として「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」などを手がけたが、「ムー一族」の打ち上げのパーティで、出演して…

小林勇「蝸牛庵訪問記 露伴先生の晩年」

幸田露伴の伝記の決定版は、中公文庫に入っている塩谷賛(しおたにさん)の「幸田露伴」だが、これは筆名で本名を土橋利彦といい、若いころから露伴に師事した人である。だが中途で失明し、この本は録音して書かれている。 小林勇は岩波茂雄の女婿だが、一時…

ディーノ・ブッツァーティ「タタール人の砂漠」

ブッツァーティの「タタール人の砂漠」が岩波文庫で人気があるらしいので読んでみた。私はブッツァーティの名は日本では比較的早く知っていたほうで、1987年に、大学院一年の時、平川祐弘先生のイタリア語の授業に出て、二学期からブッツァーティの作品を読…

音楽には物語がある(61)映画音楽の「巨匠」 「中央公論」1月号

映画音楽の作曲家として知られるエンニオ・モリコーネ(1928-2020)のドキュメンタリー「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を観ていたら、どうも居心地が良くなかった。色々な人がモリコーネについてコメントするのだが、最大級の絶賛の言葉を次々と並べられ…

映画「渇水」と河林満

「渇水」は、河林満(1950-2008)の純文学短編で、芥川賞候補になり、同名の単行本も1990年に出た。その年は私が最初の本を出した年なので、父親が舞い上がって、別に関係ないのにこの本を買ってきたが、私は読まず、その後売ってしまって今に至っている。河…

宮澤賢治との和解

「銀河鉄道の父」という映画(2022)を観た。原作は門井慶喜の同名の直木賞受賞作で、宮澤賢治の生涯を父政次郎の視点から描いたもので、私は政次郎が死ぬまでが書いてあるのかと思っていたから、原作には不満が残ったが、映画は良かった。特に妹のトシを演…

新田義之氏と私

東大比較文学を出て、駒場でドイツ語の教授になっていた新田義之(1934年生)という人が今年死去した。 ユングに東洋思想を教えたリヒャルト・ヴィルヘルムなんかを専門にしていたが、小堀桂一郎と親しく、保守的な日本の教育家についての本なども出していた…

「アイラブユー」と「我愛迩」

先日読んだ小説に、「ラブ」は西洋のものだから、西洋人は「アイラブユー」とか平気で言うが日本人は恥ずかしくて言えない、というような会話が出てきた。私は眉をひそめたが、こういうのはたいてい「恋愛輸入品説」と結びついているからだ。恋愛などという…

「アナと雪の女王」と「ナウシカ」

ディズニーアニメ「アナと雪の女王」が、日本語に変換される過程で意味が変わったということを千田有紀さんが書いているのを読んでいて, news.yahoo.co.jp ある種の「ついていけなさ」を感じた。私はこのアニメは吹き替えで観たが、アナがかわいいなと思った…

杉本大一郎と蓮實重彦

川上弘美の父が、東大名誉教授の植物学者・山田晃弘だと知って調べていたら、杉本大一郎と共著を出していた。杉本は1937年生まれの駒場の宇宙物理学者で、中沢新一の任用に科学者の立場から毅然として反対したことで知られる。 西部邁が外から東大攻撃をして…

のらくろの「アイヌのかめ」

私は小学校の二年から三年の当時、講談社から復刻されていたのらくろ漫画を夢中で読んでいた。当時ちょっと流行して、おかげでアニメにもなったくらいだ。 のらくろは二等兵から出世して曹長まで行き、そこから士官学校へ行って少尉に任官するのだが、当時私…

S大学面接のてんまつ

2002年6月18日、梅雨どきのやや蒸し暑い日に、私は小田急線向ヶ丘遊園で降りて、S大学のキャンパスへ行くバスに乗った。専任教員としての採用を前提とした面接に行くためである。 この話は同大学日本文学科の板坂則子教授からもたらされたもので、私はその前…

書評 大塚ひかり「嫉妬と階級の『源氏物語』」  「週刊読書人」

『源氏物語』について、新しい見解を表明することなど、不可能だろう。『源氏』や夏目漱石、シェイクスピアについては、あまりにも研究書や論文が多すぎて、すべてに目を通すことは不可能だし、何か思いついても既に誰かがどこかで似たことを言っている確率…

西木正明「間諜二葉亭四迷」

西木正明が死去したので「間諜二葉亭四迷」(1994)を読んでみた。山田風太郎のような架空歴史ものではなく、ほとんど事実に即していて、二葉亭がハルビンから北京へ渡り、田中義一、ポーランドのブロニスロウ・ピウスツキ、石光真清、明石元二郎、川島浪速…

山田稔の「コーマルタン界隈」

山田稔(1930- )は、フランス文学者の大学教授で、火野葦平とは別の「糞尿譚ーウィタ・フンニョリアス」などを書いた作家で、93歳でまだ存命のはずである。 1981年に連作短編集『コーマルタン界隈』で芸術選奨文部大臣賞をとっているので、読んでみた。1960…

耕治人と川端康成・補遺

「昭和文学年表」を見ていたら、1982年2月3日の「毎日新聞」夕刊に武田勝彦「文士よ高潔であれ 川端康成の名誉のために」というのを見つけた。これは知らなかったが、毎索で見ても表示されなかったので国会図書館から複写を取り寄せたら、同年2月号『すばる…

大学教師経験のある文学者

大学教員になった(であった)作家・詩人・文藝評論家・歌人 坪内逍遥 早大教授 1859-1935 二葉亭四迷 東京外国語学校教授 1864-1909夏目漱石 東大講師 1867-1916幸田露伴 京大教授 1867-1947窪田空穂 早大教授 1877-1967寺田寅彦 東大教授 1878-1935永井荷…

音楽には物語がある(60)音楽の時間と「楽典」 「中央公論」12月号

あとになって考えてみると、小学校ではクラスの全科目を担任が一人で教えていたので、これは大変なことである。三年生くらいまでならいいが、六年生で全科目教えるとか、神業かいい加減だったかのどっちかである。しかし、小学校教師の中でも教材などを執筆…

伊藤整の「泉」

伊藤整は、英文学者・翻訳家・小説家・詩人・評論家だが、存命中に小説で文学賞をもらったことが一度もなく、死んでから『変容』で日本文学大賞をとっている。 伊藤の小説は、初期には純文学的・私小説的なのだが、戦後1950年代から「誘惑」とか「感傷夫人」…

新資料で書くこと

秦恒平の「神と玩具の間」は、谷崎潤一郎に捨てられた二人目の夫人・丁未子の書簡を入手して書かれたものだ。河野多恵子の「谷崎文学と肯定の欲望」も、新資料を入手して書かれていた。 博士論文を書く時に、新資料の入手が必要だという考え方が以前はあった…

柏原兵三の遺作「独身者の憂鬱」

柏原兵三(1933-72)は、大江健三郎と同期の友人だが、独文科へ進み学者になり、68年に「徳山道助の帰郷」で芥川賞をとったが、東京芸大助教授だった72年2月に急死した。38歳だった。 「独身者の憂鬱」は中編で、「独身」として「新潮」71年9月号に一挙掲載…

吉村昭の「ほんのりしたチチ」

吉村昭の『蟹の縦ばい』に「ほんのりしたチチ」というエッセイが入っている。同人誌の友人のP君というのが、家業のクリーニング屋をやりながら小説を書いていて、芥川賞や直木賞の候補にもなったという。その人がある時自分の胸部をさらけだして、チチが少し…

吉村昭が違って見える

私は吉村昭(1927-2006)の愛読者である。しかし全作品はあまりに多すぎて読み切れていない。エッセイ集『蟹の縦ばい』(1979、のち旺文社文庫、中公文庫)を読んだら、うすうす気づいてはいたが知らなかった面を知った。 ・大酒飲みであることを知った。多…

小林勇「隠者の焔」など

岩波書店の会長だった小林勇が、『文藝春秋』1970年6月号に書いて、同名の短編集として文春から出したものは、明治の学者・狩野亨吉の隠された生活を推測して描いたものである。狩野は生涯独身だったが、柳田千津子という女と若いころ何らかの関係があり、姉…

珍映画「LOVE LIFE」を観た

深田晃司監督の「LOVE LIFE」という映画を観たらかなりの珍物だった。若い夫婦らしい木村文乃と永山絢斗に、4歳くらいの息子らしい男児がいて、その男児がオセロの王者になったのでお祝いをしている。そこへ夫の両親(父は田口トモロヲ)が来るんだが、実は…