音楽には物語がある(15)国民歌手・中島みゆき(1)中央公論2020年1月

私が初めて中島みゆきの歌を聴いたのは、中学生の時、埼玉県越谷市の、かつての日光街道沿いにあった商店街で、すでに別の場所にイトーヨーカ堂ができた ためその商店街はすたれつつあったのだが、中でもひときわ古めかしくて、今で はなくなってしまったフ…

キマっている歌・補遺

jun-jun1965.hatenablog.com 以上の記事について、作曲家・ピアニストの野田憲太郎氏より以下のとおりご教示いただきました。 >西洋音楽の和声学の術語で説明すると、ドッペルドミナントが出てきて、ドミナントが出てきて、トニックで終わるというテクニック…

書評 日比嘉高『プライヴァシーの誕生』             

(以下は「週刊読書人」のために書いた書評だが、褒めていないというので没になったものである) 三、四年前、川端康成が、若いころの失恋の相手「ちよ」に宛てた手紙が発見され公開された。その際ネット上で、こんな昔の恋文を公開されるなんてかわいそう、…

音楽には物語がある(13)キマっている歌 中央公論2019年12月

石原慎太郎が作詞し、山本直純が曲をつけた「さあ太陽を呼んでこい」という 歌があり、少年合唱曲として「みんなのうた」で一九六三年に放送された。「太 陽の季節」の石原だから、朝がた、太陽を呼び迎える歌になったのだろう。人生 の比喩になっているとす…

「日本的論理」などというものはない

橋本陽介『「文」とは何か』に、西洋人はAかBかという論理(排中律)で考えるが、日本(東洋?)には「AもBも」という別の論理があると書いてある。そういうことは過去いろいろ言われたのだが、これもインチキ日本文化論である。そもそもそんなことを言…

 豊田正子の戦中と戦後   諸君! 2007年4月

私が文学書の類を読むようになった高校時代、岩波文庫には、存命の作家はほとんど入っていないように感じていた。だが調べてみると、何も同文庫が最初から、存命の作家はなるべく入れないという方針をとっていたわけではない。創刊してしばらくは、緑帯の日…

音楽には物語がある(12)二つのルンバ 中央公論2019年11月

「みんなのうた」に、私が高校生のころ放送された「メゲメゲルンバ」というのがある(うた詩織、作詞藤田詩織、作曲古田喜昭)。昔ペルシャに、空飛ぶじゅうたんに乗って事件を解決するスーパーヒーローがいたが、ケーキが好きで食べすぎたため太ってじゅう…

千葉雅也の論

ちくま新書『世界哲学史8』で千葉雅也君が、ポモ批判に全部反論していると言っていたのであまり信用しないながら図書館で取り寄せて見てみたがまあ思ったとおり普通のポモ解説でしかなかった。いや別に失望はしていない。 千葉君も、「近代」が終わっている…

音楽には物語がある(10)女はバカがいい? 中央公論2019年12月

歌謡曲には恋愛の歌が多いが、かつてそこで歌われていた女性観には、今では通用しないだろうな、というものも少なくない。伊藤咲子の「ひまわり娘」(阿久悠作詞、一九七四)は、女がひまわりで男が太陽だし、石川ひとみの「くるみ割り人形」(三浦徳子作詞…

母の通信教育

私の中学生から高校生の時分、母はNHK学園高校の通信教育を受けていた。田舎の中学校を出てすぐ銀行に勤めたのだ。卒業して東洋大学の通信を受け始めたが、こちらは卒業できなかったようだ。 高校生の母に届く教材のうち「国語」のそれは、中学生の私も読…

『内閣調査室秘録』と坪内祐三

昨年、文春新書から『内閣調査室秘録』という本が出た。佐藤栄作内閣の後期に設けられたもので、保守派の学者・評論家を呼んで話を聞いた経緯を、志水民郎という人が記録しておいたのを、登場人物別に編纂したもので、江藤淳、山崎正和、中嶋嶺雄、永井陽之…

新刊(翻訳)です

訂正: 131ページ (香を)炊いて→焚いて 209ページ 首肯→趣向

音楽には物語がある(8)流浪の民 中央公論2019年8月

小学校六年生の時、どうも私はけっこう幸せだったらしい。三年生で埼玉県へ引っ越してきて、二年ほどはなじめなかったのか、友達も一人しかいなかったが、五年生になってから土地に慣れたのか、友達も増えた。 そんな時、音楽の時間に聴いたのが、シューマン…

音楽には物語がある(7)日生のおばちゃん 中央公論2019年7月

「日生のおばちゃん、自転車で」で知られる、日本生命のCMがあった。一九八六年まで流れていたらしいが、私は一九七〇年代にこれをテレビで聴いた時、何かの替え歌かな、と思った。まずメロディーをよそで聴いたことがあったし、歌詞に「日生のおばちゃん…

「唐傘」と「唐草」

「あまがさ」や「ひがさ」は濁るが、「からかさ」は濁らない。後半部に濁音があると濁らないがからかさは例外だという。 しかし「からくさ」も例外だろう。すると「から」が問題なのかと思ったが「からぼり」は濁る。最後が「さ」ということで考えたが、「ふ…

世代論の当てにならなさについて

私は昔から世代論に懐疑的である。たとえば荒俣宏がプロレタリア文学について書いていることについて、私と同年の宮崎哲弥は、自分らの世代ならパンクだと思う、と書いたが、私はパンクとかロックには興味がない。まあこれは私の側が特殊なんだろうが、やは…

松阪青渓

今度出た千葉俊二先生の本に、菊原琴治検校を谷崎潤一郎に紹介した人として、兵庫県の文人・松阪青渓が登場する。孫に当る八木マリヨ様(環境芸術家)のご教示でその生没年を明らかにしたので以下、閲歴と主な著作を記す。 松阪青渓(1883年12月30日ー1945年3…

「山崎正和オーラルヒストリー」書評(週刊朝日)

七十歳を過ぎたような学者の知り合いには、私はことあるごとに、自伝を書いてくださいと言うことにしている。学者の自伝は最近好きでだいぶ読んだが、何といっても学問的にも、時代の雰囲気を知る史料としても面白い。とはいえ、自伝であれ伝記であれ、「ま…

音楽には物語がある(6)替え歌 

谷村新司の「昴」というのは有名な曲だろうが、私は十数年前まで、これの本当の歌詞を知らなかった。というのは、一九九○年に、春風亭柳昇が「カラオケ病院」という新作落語の中でこれの替え歌を歌ったのだけを知っていたのである。「カラオケ病院」は、はや…

「ナジャ」の謎

今回の芥川賞選評で松浦寿輝が岡本学「Our Age」を「アンドレ・ブルトン「ナジャ」の日本版を思わせる一女性の謎を、歳月を隔てて解き明かそうとする物語」と書いている。 「ナジャ」は、大学生のころ唐十郎などが言っていたので読みたいと思ったが、当時は…

「ロッキー」に感動する

私は、若いころ読んだり観たりした小説や映画を、あとになって改めて評価するということはまずないのだが、「ロッキー」を35年ぶりに観たら感動して不覚にも泣いてしまった。 貧困地区に住むロッキーの鬱屈を隠して生きる姿、夜にジョークを考えてペット屋に…

花咲くチェリー

子供のころテレビで観たドラマの記憶があった。家長らしい男と家庭内の紛擾劇だが、その男は鉄の棒を背中で曲げようとしていて、最後に妻が家を出ていくところで、あわてて、棒を曲げて見せる、と言って渾身の力で棒を曲げ、「曲がったぞ!」と叫んで倒れて…

吉行和子と河内桃子

私が中学一年の時、人形劇「真田十勇士」を観ていたら、脇にいた母が、夢影か何かの声を「あらっ、これ吉行和子じゃない?」と言う。私は毎日録音するくらい調べてみていたから「河内桃子だよ」と言ったが、母はエンドクレジットの「声の出演」まで見て、お…

シーモンキー

私が小学校四年生のころ、通信販売で「シーモンキー」というのを買った。小さな海老なのだが、プラスチックの円筒に水を入れて卵から孵す。成長してもごく小さいが、ポンプの代わりに毎日別の容器に中身を移して戻すことになっており、私はラーメン丼を使っ…

書評 木下昌輝『まむし三代記』 週刊読書人

「あとがき」を見ると、『小説トリッパー』に「蝮三代記」として千枚以上連載したものを破棄して、改めて書き下ろしたとあるから驚いた。連載のまま書籍化すると埋もれる、とあるが、おそらく連載は斎藤道三三代を史実に沿って描いたもので、長いこともあり…

知らめ

山田洋次監督の「ダウンタウン・ヒーローズ」(1988)に、 「憧れを知る者のみわが悩みを知らめ」 というエピグラフが、冒頭と最後に出てくる。 だが「知らめ」の「め」は已然形で、間に「こそ」が入らないと現れないはずである。 早坂暁の原作にこの言葉は…

面識がなくてもできること

大杉重男が古井由吉について書いている。 http://franzjoseph.blog134.fc2.com/blog-entry-141.html 古井の文学は私はもともと評価しておらず、その点では大杉のまとめは凱切だと思うが、ここで、古井のセクハラにあったとされている女性作家は清水博子だろ…

ジョアナ・ラス「テクスチュアル・ハラスメント」アマゾンレビュー

女がものを書くとさまざまな手口で「否定」される、とラスは言う。だがそのラスは、フェミニズムにとって都合の悪い女作家は、自分で否定しているのだ。マーガレット・ミッチェルとパール・バックは名前さえ出てこず、エリカ・ジョングなど批判さえされている…

「空芯手帖」の謎

今年の太宰治賞を受賞したのは八木詠美の「空芯手帖」である。なおこの授賞式は今回は中止になった。毎年三鷹市長と、津島家を代表して津島園子の挨拶があったのだが、園子氏は先ごろ妹(佑子)に続いて亡くなった。 「空芯手帖」の筋は以下のとおり。 空芯…

書評・大島真寿美『渦 魂結び 妹背山婦女庭訓』 週刊読書人

岡本綺堂に「近松半二の死」という短編戯曲がある。歌舞伎の隆盛により衰退する人形浄瑠璃を憂え、「伊賀越道中双六」を未完のまま死んでいく近世中期の浄瑠璃作者・半二を描いたもので、私はこれに「トゥーランドット」を未完のまま死ぬプッチーニを重ねた…