三人の佐伯順子

武田頼政の『ガチンコ さらば若乃花』(講談社、2000)を読んでいたら最後のほうに「佐伯順子」という名前が出てきてぎょっとした。これはあの同志社の人とは同名異人で、98年に死去した人で、藤島部屋とも武田とも親しく、大阪弁で豪快にしゃべるおばあさん…

石坂洋次郎の正体

二か月ほど前に三浦雅士さんから『石坂洋次郎の逆襲』(講談社)を送ってもらった。私は石坂については『恋愛の昭和史』で論じたこともあるが、『若い人』が不敬罪と軍人誣告罪という、後者にいたっては存在しえない罪で告訴されたというデマのほうが気にな…

「二つの文化」とピンカー

小谷野敦 スティーブン・ピンカーの『21世紀の啓蒙』は、人類がその歴史においていかに進歩してきたか、啓蒙主義を基調として論述し、人類の未来は明るいとしたもので、地球温暖化などは取り組まなければならない危機とされている。その最後のほうでピンカ…

高校時代、どんな本を読んでいましたか

最近、新人の小説を読んでいて、主人公が作者に重ね合わせられる大学生くらいの時に、高校時代どういう本を読んでいたかまるで分からない、ということがある。だがこれは、分からないということが気になる私が特殊なので、普通はそんなことは考えないのだろ…

新刊です

歌舞伎に女優がいた時代 (中公新書ラクレ 680) 作者:小谷野 敦 発売日: 2020/03/06 メディア: 新書 p129「えびすだにざ」→「えびすざ」 p207「寿美次」→「美寿次」

神田山裕の思い出

伯山TVを毎日観ていて、神田山裕のことを思い出した。私が中学校一年生の1975年、同級生の川田のお母さんでのち川田工業社長夫人になる人が、毎夏海外からホームステイする大人が来ていて、その夏来ていたアメリカ人男性を案内してはとバスツアーに行くと…

純文学世界の謎

猫猫塾で、これから新人賞に応募しようというような生徒が、どの賞がいいかとか、どこの賞は選考委員がどうとか言うが、そういうことは最終選考に残ってからの話で、最終選考に残るだけでも大変なことだ、ということをまず言わねばならない。 私は下読みをや…

事実に意味があるのである

もう五年くらい前の本だが『文豪の女遍歴』(幻冬舎新書)への感想についての感想を書いておく。 読者はがきの中には「今度は一人の作家を掘り下げてください」などと書いてあるのもあり、参考文献に私の名前をつけて『谷崎潤一郎伝』とか『川端康成伝』とか…

古川健「治天の君」

古川健(たけし)の「治天の君」は、原武史の本を参考に大正天皇を描いた戯曲で、2013年初演、ハヤカワ演劇文庫に入っている。読んでみたが、言葉の間違いが多い。 まず明治天皇が「現人神」などと言うが、私の理解ではこの言葉は昭和になって言われるように…

小林秀雄、水上勉、石原慎太郎

小林秀雄が満座の中で水上勉を罵り、石原慎太郎が小林を止めたら小林が面白がってくれたという話は石原の自慢話の一つだが、これは文士劇で「白浪五人男」をやった時だというから1962年だろう。すると小林が60歳、水上が43歳、石原が30歳でうまくあう。

「忠臣蔵」と教養

NHKのBS-プレミアムでやっていた渡辺邦男の「忠臣蔵」(長谷川一夫、1955)を観たが、わりあいテキパキして良かった。特に私の好きな「南部坂雪の別れ」がよかった。垣見五郎兵衛の話は記憶になかったが、これも講談ネタらしい。 1975年に「元禄太平記…

安部公房「砂の女」

安部公房の「砂の女」というのは、20代のころ読んで、あまりピンとこなかったのだが、あとになって、結婚の比喩だろうと思ったら分かった。しかしそんな小説を書かれた安部真知夫人は嫌だったろうが、だからみな遠慮してハッキリ言わなかったのかもしれない…

全員一致は無効

アマゾンレビューで割と多くの人が書いているのにみな五点か四点である時に、私は一点をつけることがある。もちろんダメだと思ったからだが、わりとこれは積極的にやっている。多数の一致は疑わしく、少数意見が大切だと思うからだ。 イザヤ・ベンダサンの『…

文藝家協会ニュース編集後記

日本文藝家協会御中 いつもお世話になっております。会員の小谷野です。 「協会ニュース」の二月号が届きましたが、編集後記が気になりました。遣唐使廃止か ら明治維新まで日本が他国と無交渉だったなどというのは事実ではありません。日宋貿 易もあり北宋…

先崎彰容VS安藤礼二

全然知らずにいたのだが、昨年『新潮』で、安藤礼二が「先崎彰容への公開質問状」(敬称なし)を書いて、翌月先崎が「安藤礼二氏の質問に答える」を書いていた。右翼同士で何を争っているのかと思ったら、先崎が「天皇と人間 : 坂口安吾と和辻哲郎 」で、天…

ピンカー『心の仕組み』

ピンカーの『心の仕組み』をちくま学芸文庫版で読んだ。もとはNHKブックスで全三冊で出ていたものを文庫に組んだものだが、下巻に分からないところが二か所あった。といってもほかが分かったという意味ではなく、明らかに意味が通じていないところ。 340p「…

落選小説「薬子」

『男であることの困難』(1997)を出した時の新聞インタビューでは私はタバコを持っているが、あれは新聞社と私に抗議文をよこした人がいた。60くらいの男性だった。学生が真似したらどうするんだと。 当時私は大学そばの古書店の店主夫人が美人だったので毎…

桂文楽絶句伝説

名人と言われた先代桂文楽が、落語の途中に人名を忘れて絶句し、「勉強し直して出直してまいります」と言って高座を降り、そのまま復帰せず死んでしまったことはよく知られている。ところがこの話に際して、「志ん生なら人の名前くらい忘れてもいい加減な名…

「源氏物語」のメッセージ

私は漫画版「風の谷のナウシカ」は単にしっちゃかめっちゃかになった失敗作だと思うが、まあ解読したい人はすればいい。本が売れるのはうらやましいが。 しかし、 dokushojin.com赤坂:例えば『源氏物語』に、隠されたメッセージを読み解こうなんてする人は…

江藤淳と「抜刀隊」

松浦寿輝の『明治の表象空間』に、江藤淳が『南洲残影』で、軍歌「抜刀隊」を、西郷軍側の歌だと勘違いしている、と書いている。しかしこれは事実ではない。単行本8p「警視庁抜刀隊に志願する者も出なかった」とあり、38pでは「薩軍は、兵卒にいたるまで…

志賀直哉と北條民雄

高山文彦の『火花ー北條民雄の生涯』には、こんなエピソードが書いてある。川端康成が、北條から送ってきた原稿を読んでいると、訪ねて来た志賀直哉が「それは何だい」と訊き、ハンセン病患者のものだと知ると震えあがって逃げて帰ったというのだ。 だが、こ…

新刊です

p33「父親は大蔵官僚」→農商務省官僚 p.3に『理想』岩波書店→理想社 ニコライではなくエドゥアルト・フォン・ハルトマン

古谷田奈月へ

https://dokushojin.com/article.html?i=5804&p=4 << 古谷田 そうなんです。生きていけないんです。今回、元号が変わるとなったときに感じたことですが、私の周囲に多くいるリベラルな人たちは基本的に天皇制に反対で、元号が変わるからなんなの、昭和だの平…

綿野恵太氏の本

綿野恵太氏とは、五月に天皇制をめぐってトークイベントをやったのだが、初の単著が出るということで、天皇制批判が書いてあると売れないよ、などと言っていたのが、蓋をあけてみたら売れているので少し驚きやや焦っている。 まあ在日朝鮮人問題とかヘイトス…

馬楽聞き書き

五代目蝶花楼馬楽の聞き書き『馬楽が生きる』(創樹社、1986)を読んでいる。ウィキペディアでは六代目となっている、五代目小さんの兄弟子である。 聞き手は「遠藤智子、加藤貴子」とあり、いずれも1958年生まれだから、26歳くらいの二人の女性が日曜日ごと…

馬づら娼婦

落語の中で、馬づらの娼婦の悪口を言うのがある。複数の廓噺に出てくるが、これが不思議である。「その女の顔の長えのなんのって。上のほう見て真中見て下のほう見てるうちに真中忘れちゃう」と言うのだが、それを言うなら「上のほう忘れちゃう」ではないの…

わざと?の「時そば」

久米宏がラジオをやっているのを知らなかった。早速配信を聴いてみたら、林家彦いちが、昔寄席の昼席のトリで志ん朝が「時そば」をやったが、二人目の男が「いま何時だい?」と訊いたところで「九つで」と言ってしまい、そのあと「十、十一、十二」と、二人…

妻の事故

六月九日の日曜日、夕飯のあと、妻は郵便局へ行くと言って出掛けた。ほどなく雨が降ってきたが、断ニコ(私は煙草をやめたあと口中に入れてニコチンをとるスヌースというのを一年やり、さらに前年八月からそれをやめていた)以来、夜九時になると寝る習慣の…

ディケンズは困る

『デヴィッド・コパフィールド』をジョージ・キューカーが1935年に映画化した「孤児ダビド物語」を観た。この邦題もすごいが、まあつまらなかった。 ディケンズは『荒涼館』が傑作で、「クリスマス・キャロル」と『オリヴァー・トウィスト』が通俗的な意味で…