こちとら作家貴族じゃねえ

 前にも書いたが、1997年ころ「中国新聞」から書評を依頼されたことがある。文春の「女のこころとカラダ」シリーズの一で、長男がどうとか言う本だったが、実は依頼してきた記者が「中国新聞」に自分で連載したものだった。

 私はそこそこ褒めた書評を書いたが、記者氏は電話してきて「ざっくばらんに言ってですね」と穏やかな調子ながら、もっとしかるべく、売れるように褒めてくれと言って来た。私はそれなりに憮然として、「じゃあそっちでいいように書き直してください」と言って、結果書き直したものが載った。

 この程度のことで、なら原稿を引き上げる、と言うほどのことでもないし、仮に今私がその手の依頼を受けても、こちとら印税だけで十分な収入のある作家貴族じゃないんだから引き受ける。それだけ。

寺尾の本名

探偵!ナイトスクープ」の古い録画を観ていたら、小錦佐ノ山親方として「顧問」で出ていたが、小錦佐ノ山だったのはごく短期間で、断髪式のすぐあとだから98年6月だろう。最初のネタは天井裏に住み着いたムササビ六匹であった。

 最後のネタが、宮崎県で開催されたひょっとこ踊りでキレのいい踊りを踊っていた人を探してほしいというもので、その人は鹿児島県人だったのだが、名前を「福薗好文」といったのだが、これは寺尾、つまり現錣山親方の本名と同じなので驚いた。もちろんその当時驚いたのである。

 別にそのことについて番組内では誰も何も言わなかった。小錦はどうかと思ったが、考えたら漢字はまだよく読めなかったのではなかろうか。

 福薗という姓自体、鹿児島によくある姓だが、蜂巣泉という学者が二人いることを考えたら、それほど驚くべきことでもないのかもしれない。

 

「おもいひでぽろぽろ」と「炉辺荘のアン」

 高畑勲監督のアニメ映画「おもいひでぽろぽろ」のエンディングクレジットの最中、主人公は田舎から都会へ帰る汽車に載っているのだが、子供たちの幽霊みたいのがすいすい入ってきてヒロインを田舎へ帰す。この子供たちは、子供時代部分に出てくるヒロインの友達ではないかということだ。中にはヒロイン自身の子供時代も混じっているはずである。

 新潮文庫で「第七赤毛のアン」となっている「炉辺荘(イングルサイド)のアン」は、母親になったアンとダイアナがアヴォンリーで再会するところから始まるが、二人が分かれる日の暮れころ、アンはこんなことを言う。

「ねえ、ダイアナ、いま、家へ帰っていくあたしたちを、昔のあたしたちが恋人の小道を走って出迎えるとしたら愉快じゃない?」

 ダイアナはかすかに身震いした。

「と、と、とんでもない。愉快じゃないわよ、アン。わたしこんなに暗くなっているのに気がつかなかったわ。昼間ならいろいろ空想するのもいいけれど、でも……」(村岡花子訳)

 私は、高畑さんはここを読んだなと思ったことである。

 

 

音楽には物語がある(25)ピンク・レディー(2)中央公論2020年12月号 

 

 ピンク・レディーのデビュー曲「ペッパー警部」は、奇妙な曲だ。題名と内容がずれているし、日本でなんでペッパーなのか。曽根史郎の「若いお巡りさん」へのアンサーソングだともいわれるが、当時「刑事コロンボ」や「刑事コジャック」がはやっていたし、「ピンク・レディー」から「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部を連想したとも作詞の阿久悠は言っていたが、あるいは、日本ではあまり人気のなかった清涼飲料水「ドクターペッパー」のCMも関係していたかもしれない。阿久としては、この二人組の路線を模索していた状態だったといえようか。

 当時を知らない若い人にピンク・レディーの動画を見せると、こんな娼婦みたいなかっこうの二人組が歌っていて世間は非難しなかったのか、と言う。確かに、山本リンダの時は、「へそが出ている」とか言われたのに、ピンク・レディーの時は、時代が変わったと思われたのか、さして非難や批判の声はなかった気がする。エリカ・ジョングの『飛ぶのが怖い』が売れたりして、「飛んでる女」などというキャッチフレーズが流行したからでもあろうか。

 ミーとケイの二人組だが、当時から、ミーのほうが美人だと言われ、ケイのほうが、いかにも場末のキャバレーにでもいそうな感じだと思われていたが、「ピンク・レディ」のイメージを形成していたのはケイのほうだった。解散後、Mieと増田恵子として個別に活動をするようになったが、ケイのほうが印象が強く、大林宣彦の「ふたり」での岸部一徳の愛人役など印象に残る。中島みゆきが作った「すずめ」が単独でのデビュー曲だ。

 「UFO」の次に出した「サウスポー」(一九七八)も大ヒットとなった。野球ネタで、いわゆるおじさんの関心まで巻き込み、王貞治をモデルとした打者に、なぜか女性らしい投手と対決するというストーリーを投手側から描いたもので、「わたしピンクのサウスポー」という部分もある。私はこれは、前年集英社から翻訳が出たポール・R・ロスワイラーの小説『赤毛のサウスポー』に触発されているのではないかと思うのだが、阿久はそういうことは言っていないようだ。ところでこのポール・ロスワイラーという作家は、その後集英社で二冊翻訳が出ているが、生年もどういう作家かも不明である。

 「サウスポー」のヒットが、しかし、ピンク・レディーの頂点だった。歌手というのは、長くヒット曲を出し続けられるものではない。中島みゆきのように、シンガーソングライターといえど、四十年も最前線にい続けるというのは稀であるし、松田聖子のようにアイドル歌手であり続けるというのも稀有である。多くは演歌歌手が、石川さゆりのように初期のヒット曲を歌い続け、それで食っていけるという。あるいはいしだあゆみのように女優に転じて成功するか、さもなくば女性歌手なら山口百恵高田みずえのように結婚して引退する。男なら武田鉄矢のように俳優になる。

 「サウスポー」のあと、ピンク・レディーは四、五曲くらいのシングルを出して引退したような気がしていたが、実際には「モンスター」「透明人間」「カメレオン・アーミー」「ジパング」などのあと、阿久と都倉俊一も手を引いて、十一曲出して解散している。最後の曲だけ阿久と都倉が戻って作った。

 ピンク・レディーの解散発表が一九八〇年九月、十月には山口百恵のファイナル・コンサートがあり、八一年三月にピンク・レディの解散コンサートがあった。八〇年二月には松田聖子がデビューして一世を風靡するが、もはや、大人から子供までが口ずさむ歌謡曲の時代は、次第に終わりつつあった。次第に紅白歌合戦も、国民皆が知る流行歌がなくなって構成が難しくなり、歌謡曲という言葉もなくなってJ-POPなどというようになった。ピンク・レディーは、そういう時代の掉尾を飾る歌手だったのである。

 

前川一郎ほか「教養としての歴史問題」アマゾンレビュー

2021年2月3日に日本でレビュー済み

 
本書の宣伝文には、もはやファクトチェックだけではだめだ、とあった。つまり事実の検証をきちんとしたら彼らのイデオロギー側が負けてしまうということだ。皮肉にも著者の一人である辻田真佐憲は「ふしぎな君が代」で私から右翼認定されているのだが、まあ天皇制はOKなのが現代日本の「なんリベ」だ。91pに「戦時下の朝鮮半島や占領地で、日本軍が関与して女性を連行し」と書かれているが、軍は小林よしのりの言う「よい関与」をしたのであって軍が強制連行した証拠はない。こんな曖昧な書き方でその後を続けるというのは、学者として失格そのもの、ただちに学者の看板を下ろすべきである。

「いまを生きる」(ロビン・ウィリアムズ)のアマゾンレビュー

2021年1月29日に日本でレビュー済み

 
全体にホモソーシャルで嫌な感じがする。1959年の設定だというが、芝居に出るだけでなんで父親があんなに怒るのか。作者の側に、保守的でダメな学校と自由な教師と詩という幻想がある。実際にはエヴァンズ・プリチャードなどという文学者もああいうことの書いてある教科書も存在しない(これじゃ人類学者のエヴァンズ・プリチャードの名誉毀損だよ)。教師が意見が違うなら教科書を破かせたりせず、自分の意見を言えばいいだけなのに、むりやり自分の文学観を生徒に押し付けている。日本の高校なら非論理的な吉本隆明を崇拝させるみたいな教師がいる。他人を否定しつつ自分の考えは絶対なのだ(現に詩の書けない生徒に無理やり詩を書かせている)。女子に告白するにも男の仲間たちと一緒。別に文学なんてものは一人でもできるものなのに、この教師は共同的な文学を教えてしまっている。それじゃダヌンツィオで、ファシズムだよ。
 

内海健「金閣寺を焼かなければならぬ」アマゾンレビュー

2021年1月27日に日本でレビュー済み
大佛次郎賞をとったので、なんだなんだと思って読み始めて、すぐ落胆した。吉本隆明あたりが好きな「文学的精神病論」に過ぎなかったからだ。私は金閣寺放火に何の関心もなく、キ××イがやっただけだろうと思っているし、三島の『金閣寺』にも何の感興も覚えない。内海は、金閣寺放火の理由をさぐっても意味はないという。だが衝撃が残るという。いやキ××イがやったんだから衝撃はないのである。さらに内海は、泣くから悲しいのだ式の、意識はあとから来るといった非科学的な文学的議論を展開し、三島にわけいり「金閣寺」を畢生の傑作と言い、あとがきには「令和憂国の日」などと書くので、こりゃダメだ、単なる三島ごりだと思った。「辟易とする」などという日本語の誤用もあった。
 

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